前回は、企業が今直面している労務トラブルとその解決方法について取り上げた。今回は、雇用をめぐるさまざまな制度、規制の変更が企業の労務問題にどのような影響を及ぼすか、1200もの企業から労務コンサルティングを依頼された実績を持つ岡本孝則氏の視点から、労務トラブルを抱えないために、経営者はこうした制度とどのように向き合うべきかを考える。

中小企業経営労務研究所
社会保険労務士
岡本 孝則

――昨今話題となった「雇用特区案」は、地域を限定して大幅に規制緩和を進めていく方針ですが、従来の労働法と何が異なるのでしょうか。

岡本 今回議論された特区提案は、労働法の一つである労働契約法に特例を作り、企業と労働者が結んだ契約条項が尊重され、入社時に契約した要件・手続きに沿って解雇を認めようとしたものでした。そもそも労働契約法の趣旨は、解雇の権利を濫用してはいけないという最低限のものです。解雇が安易に行われると労働者の生活が脅かされるため、法の原則を前提に判例を積み重ね、解雇が有効か無効かは総合的な事情で判断され、安易に解雇することができないようになっています。

 このような大きな雇用ルールの変更案に対しては、労働者側だけでなく、経営者側にも懸念が広がることとなりました。というのは、最初は対象企業や対象労働者が限られていたとしても、徐々に拡大していくのではないかという不安があるからです。

――特区内の一部企業にだけ雇用ルールが変更されると、他にはどんな影響があると考えられるのでしょうか。

岡本 政府は特区を設けて解雇規制を緩和すれば企業は社員を雇いやすくなり雇用の活性化、ひいては経済の発展につながるとの図式を描いていました。今回は見送られましたが、実際そうなった場合には、対象企業は雇用のリスク減少によって新規採用が有利になり、そこに優秀な人材が流れ、他の企業、特に中小零細企業にとって不利になるとともに、労働者の地位が不安定になることも懸念されます。

私は、いきなり大幅な解雇規制緩和を導入しようとするのではなく、まず中長期的政策として、能力評価制度の仕組みをベースに、能力を高める機会を増やすなど、失業しても再就職が容易な労働市場の環境づくりから取り組むことが必要だと考えます。