就業規則の作り方で労務リスクは大きく変わる

――13年4月に施行された改正労働契約法によって、企業における就業規則の重要性は高まったといえるのでしょうか。

岡本 さらに高まったといえます。もともと就業規則とは会社の憲法に当たるもので、労務トラブルが起こった際は客観的ルールとしてこれと照らし合わせて判断が下されることになるので大変重要です。今回の改正により、新たに契約社員用就業規則の作成または改定が必要になりました。例えば契約更新が5年を超え期間の定めのない雇用関係に移行した場合の定年制の適用や退職金支給の有無、支給する場合は有期雇用であった5年間も勤続年数に含めるのかどうか検討する必要があります。さらに契約社員について5年を超えて更新をせずに退職してもらう場合は、雇用契約書で5年を超えて更新しない旨明記する必要があります。

 就業規則を作る上で重要なポイントでありながら、これは必須事項ではないため、現在の正社員用の就業規則にすら入っていない企業も多いと思いますが、誓約書・健康告知書等の入社時提出書類の規定の厳格化、服務規律や懲戒事由規定、秘密情報漏洩防止規定、私傷病休職を命じる場合の具体的ケース、復職の判断基準となる詳細の設定、復帰プランの具体的手順等を決める上での必要な復職支援プログラムの定めなど、今後のリスク回避のために詳細に規定するべき内容は多岐にわたります。経営者が主体的に確認すべきポイントが増えたと考えられます。

 労務トラブル解決や回避のためには、社会情勢や企業業績、経営状態など予測でき得るリスクを見越して定期的に就業規則の見直しを図り、社員に浸透、順守徹底させることが大切です。それにより、労務トラブルの芽を早い段階で摘み取ることにつながる場合も多く、労使の信頼関係形成にも役立つものと確信します。

――労務トラブルを未然に防ぐための心構えとは。

岡本 最近は個々の企業名や経営者個人名で、経営理念・方針やコンプライアンス、言動がマスコミ等で取り上げられることが多くなってきました。社員との労務トラブルだけでなく、トラブルに対する世間からの評価が企業イメージや売り上げに直結する場合もあることを考慮すべき時代になってきています。いつの時代もまず「法律」や「企業コンプライアンス」にのっとった経営が労務の基本となり、その上で、新たな時代を読み取ったリスク回避対策が必要となります。短期的な労務トラブル解決も大切ですが、同時に、中・長期的な目で、経営理念・方針やコンプライアンスの浸透、実践を心掛け、企業風土や職場環境を改善・向上させていくことも大変重要です。

 目先の売り上げや利益にばかりに注目が集まりがちですが、労務リスクが顕在化しない環境づくりということが企業価値に大きく影響するという意識が大変重要だと思います。企業は「人」「金」「モノ」の三つが絡み合い動いていますが、資本力も技術力も営業力も、元々「人」があってのものです。すべては人に始まり、人が支えているものだということを忘れないでいてほしいと思います。

【その他プロの視点1】

新横浜アーバン・クリエイト法律事務所 弁護士 田沢 剛 氏
 現行法制下においても、企業が従業員との間で、職種や勤務地、労働時間を限定した無期労働契約を締結することは可能で、制度を導入している企業も多いようです。しかし実際は、「限定正社員」と「従来型正社員」との境界が不明瞭で、労使双方に好ましくない結果をもたらしているといわれています。「従来型正社員」と同様の労働状況ながら、賃金や雇用保障等で不利になるならば、従業員の立場からは「限定正社員」になるメリットはありませんし、企業の側にしても、「限定正社員」として雇用したものの「従来型正社員」と同様の待遇を求められることにもなりかねません。「限定正社員」制度がうまく活用できれば、非正規労働者による「限定正社員」への移行も簡易になり、雇用の安定化にも繋がるといえます。「限定正社員」の働き方を明確化し、雇用保障も「限定正社員」である従業員の懸念が払拭できるルールをしっかり定める必要があると言えるでしょう。

 

【その他プロの視点2】

株式会社アセット・アドバンテージ 山中 伸枝氏
 企業にとって「人」は財産そのものであり、利益を生み出す原動力であることは時代が変わったとしても不変なものです。しかし同時に、「個人」にとって「企業」はライフプランを支える「財産」を生むかけ替えのない存在でもあります。企業が過去のように右肩上がりの収入を約束できない今、労務の責任として「社員の可処分所得を増やし、自分自身で資産形成をする力」を備えさせることも必要になってくるのではないでしょうか。
 経済的不安は、雇用の場に不満として表れることも少なくありません。最近では、福利厚生の一環として、FP相談を社員に利用させる企業も増えており、今後ますますそのニーズは高まりそうです。岡本先生がご指摘される内容に、ファイナンシャル・プランナーとしての視点で述べさせていただくのであれば、社員のマネーリテラシーを高めることもこれからの企業を支える人財育てにおいては、大切なのではないかと考えます。