「ついに完成したと思って喜んだのに、改めて分析し直してみると、ごくわずかながらも糖質がゼロになっていないこともありました。そうなると、すべてやり直しです。研究の段階で着実にゼロを達成できるレベルまで達しなければ、大量生産の工場においてスペックを達成できる製品を製造するのは不可能ですから」(蒲生さん)
「糖質ゼロで濃い味」ができた
普段は朴訥としているのに、技術的な話になると途端に目を輝かせて語り出す蒲生さんは、まさしく典型的なクラフトマン(職人)だ。プライベートでも大のビール好きという彼がキリンビールに入社したのは、同社のクラフトマンシップに強く憧れたから。そして、自分もその精神をしっかりと受け継いで研究を重ねていけば、必ずや答えに辿り着くと信じていたという。
悩み続けていた蒲生さんだったが、とうとうブレイクスルーの瞬間がやってくる。
「繰り返しになりますが、糖質をカットするためには麦芽の使用量をかなり減らさなければなりませんが、そうなるとビール本来の美味さがどんどん弱まってしまいます。だから、この商品は最大限レベルまで使用しています。また、ローストした麦芽を使用していますが、その使用を思いついたことによって、糖質をカットしながらも麦の香ばしさが拡がる味わいを実現できました」
麦の香ばしさ――。それは多くの人がビールをゴクゴクと喉の奥に流し込んだ直後に鼻孔のあたりで感じるフレーバーのことだろう。
「とにかく、開発中は1日中ビールのことばかり考えています。それに、並行して他の商品の開発も任されていて、そちらで用いている素材やアイディアなどが意外なヒントをもたらしてくれるケースも多い。カラメル麦芽も然りです。さらに、ファインアロマホップを使ったことで、引き締まった苦みと豊かな味わいを加えることができました」(蒲生さん)
ビールの苦みを美味いと感じたらオトナの味覚になったとよく言われるが、それを醸し出すうえで大きく貢献しているのがファインアロマホップだろう。こうした素材を惜しみなく用いることで「飲みごたえ」が実現されたわけだ。
蒲生さんがたどり着いたこの「糖質ゼロのスペックと、コクや苦みの味のバランス」は、「まるで針の穴に糸を通すような、『ここしかない』という一点だ」、と工場の担当者から絶賛されたほどのものだという。
長い歳月を経てついに大命題を解き明かした蒲生さんはその夜、同僚と祝杯を上げたそうだ。