スキルマトリクスによる多能職育成と
作業工程の見直し

 一方、チャート作成作業によって明らかになった単位業務の実態は、そのままスキルマトリクスになる。先ほどの退職に関わる一連の業務であれば、退職稟議の発案、退職発令手続き、退職発令回覧、退職書類発送、退職金計算書作成、退職金伝票処理・振込依頼書作成等々の作業が、どのようなスキルの人によってどれぐらいの時間をかけて行われているかが明らかになる。

 新人でもできる作業なのか、それなりの経験を必要とする作業なのか、課長なり部長なりの判断・決裁がなければできない仕事なのか等々。HIT技法では、それらの作業をA・B・Cの3段階で評価する。Aは高度な専門性、判断を要するスキルによって差が出る作業、Bは経験すればできる仕事であるがカン・コツ・ノウハウや判断を要する仕事、Cは誰にでもできる基礎的な仕事という具合である。Aができる人は当然B、Cもこなせるが、Cしかできていない人にA、Bはできない。

 ただし、AないしはBの仕事に業務管理点マニュアルが整備され、これを元に多能職化のためのOJT(実務の訓練)が行われ、判断行為ができるようになる。その結果、1人でより多くの作業をこなせるようになっていく。つまり多能職育成化である。

 スキルマトリクスが興味深いのは、作業が詳細に分解されて誰の目にも見えるので、作業工程の順序と共に、作業を滞らせるボトルネック(隘路)が明らかになることだ。つまり、「田中さんは佐藤さんからAという作業を引き継ぎ、Bを行って高橋さんに受け継いでいる」という実態が見えることで、誰がどんな仕事ができているか、できていないかがわかるだけでなく、中間工程を合理化することで1工程減らすにはどうしたらよいかというアイデアも浮上する。

 工程数の削減は、担当者にどのような恩恵をもたらすかといえば、すべての作業に対する理解を深めて視野を広め、担当外作業を超えた仕事のやり方を生み出す原動力になる。実際、私たちの指導例では、社会保険に関する業務で、従来は受付事務と社会保険事務などの専門的な作業が分離されていたのを、専門的な作業をやる人が受付から一貫して担当することで処理時間を大幅に短縮した。また、スキルマトリクスの詳細な検討と多能職育成化により、80人の派遣作業員が不要になったケースもある。

 ここで私たちはあらためて冒頭の議論に戻るわけである。つまり、「専門性を高める」とは、特定分野に対する深い理解ではなく、仕事全体に対する大きな視野を持ち全体の中に自分の作業を明確に位置付け、その結果として優れたアウトプット(判断)を生む能力、つまり多能職化にほかならないということだ。これが多くの企業における「人材育成」の現実的かつ喫緊の課題の本質なのである。

石橋博史著『トヨタ式ホワイトカラーの業務改善 最少人数で最強組織をつくる』より


 そして、この課題に貢献するのが、HIT技法による一連のチャート技術なのである(体験セミナーで実習する)。