保護されるもの、保護されないもの
「電話番号簿」に著作権はない
あらゆる作品やコンテンツが、著作物ではありません。
例えば、時刻表などデータの羅列や金融データは著作物に相当しません。多大なコストと労力をかけたとしても、50音順の電話番号簿には著作権の保護は及びません。誰が作ってもほとんど同じ結果になるからです。ただし、職業別電話帳には並べ方に工夫があるという理由から著作物に相当するかもしれません。
また、「スカイツリータワーが2012年に完成した」「8月15日の最高気温は33度だった」という事実の記述も保護対象になりません。事実の記述を保護すると、情報が広まらず民主的な社会が維持できないからです。
もう一つ、著作権法では、「アイデアは保護しない」という重要な原則があります。著作権法が言う著作物とは「表現したものであって」とあります。つまり、頭の中にあるだけではだめで、著作物となるためには、それが「表現」されていることが重要です。だから、弟子が師匠であるマンガ家の構想を反映させて自分なりのマンガを描いても著作権法上は問題ありません。ただし、道義的な問題はあるでしょう。
以上は「著作物でないもの」を示しましたが、これ以外のものにはすべて著作権があると思っていい。ただし、たとえ著作権があっても、教育や報道、福祉など社会的な理由から、著作権を制限する場合があります。
また、著作物とは、「創作性」がありさえすれば良いのですから、プロとアマの区別はありません。小学生が描く「ひまわり」の絵でも、自分の創意で描いたならば著作物となります。
気になるTPP、戦時加算問題
著作権が外交の取引に?
世界では情報やアイデアをどんどん公開、共有しながらこれまでにない新しい世界を構築しようとする動きがあります。例えば、インターネット上の百科事典である「ウィキペディア」や画像を持ち込み合う「YouTube」、パソコンの基本ソフトを世界中のユーザーで構築しようとする「リナックス」運動などが一例です。「集合知」を公共化、共有化しようとする動きです。
お金や名声を目的にしない、このようなオープンソース化の方向は、インターネット時代に可能になった人類史上の実験とも考えられます。実験だから、おそらくいろんな問題が起きているでしょう。しかし、知恵や情報を持ち寄ってオープンな場で知的財産を充実させて行こうとする点に価値があるように思えます。著作権法の「高邁な目的」が想起されます。