それでも民子は「新しいこと」をあきらめていない。今年から海産物を買いに来てくれるお客さんを船に乗せて、夫の漁場を見学してもらう遊覧サービスを始めた。民子たちにとっては日常の仕事場であるワカメやホタテの養殖場が、都会の人には面白いらしい。

 「漁業と観光は別物だと思っていたけれど、案外、両立できるのかもしれない」

 そう考えていた矢先、学校を出て南三陸を離れていた三男が、ふらりと帰ってきた。沖縄でダイビングのライセンスをとってきたという。

 「こっちで仕事、手伝うよ」

 まだたった一人。しかも自分の息子だが、民子の始めた「新しいこと」が若者を南三陸に呼び戻した。

起業家精神に目覚めた母ちゃんたち

 松岡由香利はあの日、地元の小学校で子どもたちに伝統工芸の繭細工を教えていた。自分は子どもたちと一緒に避難したが、自宅に残してきた両親は津波で行方が分からなくなった。「自分が家にいたら」。そう思うと、しばらくは繭を触る気になれなかった。しかし「何かしたほうがいい」と娘に背中を押され、「もう一回、やってみようか」と思い立った。

 民子と同じファンドから資金を調達し、仮設住宅に住む3人の主婦を雇って1日数百個の繭細工を作る「まゆ工房~彩~」を立ち上げた。できた作品は大学生のボランティアが東京などで売ってくれる。売り上げは月数十万円。材料費と3人への給料を払うとほとんど手元に残らないが、それでも自分が作ったものが売れるのはうれしい。4人でおしゃべりをしながら手を動かしていると、そのときだけは将来への不安を忘れられる。

 「全国のゆるキャラを繭細工にしてみたい」。由香利は熊本県とも掛け合い、人気ゆるキャラ「くまモン」のライセンスを取った。生協にも頼み込んで商品をカタログに載せてもらい、安定してまとまった数を出荷できるようにした。まゆ工房で働いていた仲間の主婦も最近、得意な縫製を生かして起業した。

 漁師の夫を支える存在だった南三陸の母ちゃんたちが、震災をきっかけに起業家精神に目覚めた。動き出したのは母ちゃんたちだけではない。

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「がんばって」より「おいしいね」と言われたい

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