だが震災ですべてが変わった。震災直後はインターネットを駆使して、青島から被災者の安否確認を手伝った。1ヵ月後、一時帰国してあまりの惨状に驚いた。

 「ここで自分が何かを始めないと、この町は終わってしまう」

それは使命感に近い思いだった。

 震災から1年2ヵ月後の5月(12年5月)に会社を辞め、6月から南三陸町へU ターンし、知人が立ち上げた「南三陸deお買い物」の運営に携わった。伊藤の望みは、南三陸で小さな起業家をたくさん育てることだ。

 「起業というとみんな尻込みするけど、そんな大それたことじゃない。小さな特技、趣味を持つ人々の背中を押してチャレンジを促す。それが僕の仕事です」

東京・山王商店街の中の石巻

東京大田区にある山王商店街の「石巻マルシェ」。被災地である石巻、南三陸の若者が商店街に活気をもたらした
Photo by Motoi Murakami

 伊藤のもう一つの目標は、被災地と大都市を結ぶことだ。東京には「被災地のために何かをしたい」と思っている人が大勢いるが、実際にボランディアなどで現地を訪れることができる人の数は限られる。ネット通販で買い物をすれば、東京にいながら被災地を支援できる。

 だが、震災から3年半が経過したいま、大都市で被災地への関心は薄れ、ネット通販の売上も減ってきた。「3月11日の前後は盛り上がるんですが、あとはなかなか」と伊藤は苦笑する。

 「ならば、こちらから出ていこう」

 そう考えて東京・山王商店街の「石巻マルシェ」に顔を出し始めた。

 いまここで、面白い現象が起きている。実は山王商店街もまた、南三陸と同じ少子高齢化の問題に悩んでいた。商店主の子どもは大学を出てサラリーマンになる。後継者が見つからなくてシャッターを下ろす店が増え、商店街は活気を失いつつあった。

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「いつまでも善意に甘えてはいられない」

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