1981年から日本人の死因第1位で、死亡者数が年間36万人に上る「がん」。今世界では治療法がめざましい進歩を遂げており、国内でも免疫系に作用する医薬品の製造販売が初めて認可された。治療法や医療費負担のあり方など節目を迎えるがん医療の現状について、国立がん研究センターの藤原康弘・企画戦略局長(乳腺・腫瘍内科)に聞いた。
「第4の治療法」
免疫療法への期待
企画戦略局長
藤原康弘
1984年広島大学医学部医学科卒業。国立がんセンター病院レジデント、広島大学医学部附属病院、国立衛研医薬品医療機器審査センター、国立がん研究センター中央病院副院長(経営担当)、内閣官房医療イノベーション室次長等を経て2012年より現職。
がん治療において、手術、抗がん剤(化学療法)、放射線治療に次ぐ「第4の治療法」として免疫療法が注目されている。人間の免疫反応を利用あるいは制御することで、がん細胞を攻撃、治療するというこの治療法について、国立がん研究センターの藤原康弘局長は、「20年後には、免疫系に作用する療法が今よりさらに進歩し、がん治療の主役になるかもしれない」と予測する。
免疫療法はすでに40年近い歴史を持つ。当初は免疫力そのものを底上げする療法が主流だったが、最近はがん細胞だけを狙い撃つ療法の研究が盛んである。現在は主に、薬物による免疫機構制御、ペプチドワクチン、樹状ワクチン療法や活性化自己リンパ球療法といった細胞療法三つの領域で研究が進んでいる。
薬物療法とペプチドワクチンは、人工的な物質を使って腫瘍免疫を制御・強化する療法で、樹状ワクチンや活性化リンパ球などは自身の細胞を使い免疫を強化する療法だ。ただ、全ての療法が十分なエビデンス(科学的根拠)を確立できているわけではない。
「ペプチドワクチン療法では、多くの臨床試験が世界中で行われているが、先行していた3社の第Ⅲ相試験のいずれも結果がネガティブであり停滞気味、また樹状ワクチン療法や活性化リンパ球療法では世界的な評価に耐え得る十分な臨床試験データが集積されていないのが現状です。ただし、最近、キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor)遺伝子改変T細胞療法が急性リンパ性白血病の難治例に著効したとの報告が米国の著名医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載され、高サイトカイン血症という怖い副作用のリスクはあるものの、今後、注目される細胞療法もあります」(藤原局長)
今、注目を集めているのは、従来型の創薬手法に則って開発された薬物による免疫療法で、医薬品を使って免疫機構を制御するものである。2014年7月には、京都大学の本庶佑博士が見つけ出した免疫制御系をターゲットとする「オプジーボ(一般名・ニボルマブ)」(小野薬品工業が開発)が、根治切除不能な悪性黒色腫瘍(メラノーマ)の治療薬として世界に先駆けて日本国内での製造販売承認を取得した。
ニボルマブは、リンパ球を抑制する動きを抑制することで、がん細胞を排除する免疫反応を亢進する薬剤だ。欧州では非小細胞がんの治療薬としての販売承認申請の審査中だ。
「ニボルマブは、さまざまながんを対象とした臨床試験が世界中で進められています。今後、腫瘍免疫の制御系をターゲットとするがん医療は、望みをかける患者の選択肢を着実に広げていくでしょう」(藤原局長)