今回の安保法制の政治過程を振り返っても、このセオリーが当てはまっているように思う。法案の国会提出前、連立与党協議においては、自衛隊の海外での活動範囲をできるだけ拡大したい自民党と、それに「歯止め」をかけたい公明党が激しい議論を繰り広げた。だが結局、「平和」を志向する公明党の関与によって、安保法制は自民党の強い思いが出すぎたものから、リアリティのある法案に練り上がった(第104回・3P)。

 だが、国会審議に入ると、衆院で圧倒的な多数派を形成しているはずの安倍政権が、野党の徹底した批判に苦戦している。国会で少数派にすぎない野党には、近いうちに政権を担うリアリティが全くない。中途半端に与党に協力しても飲み込まれるだけであり、協力を拒否して、徹底的に政府に反対することになる。

 そして、特に安全保障政策の場合、野党の徹底的反対が国民の間に「戦争反対」という「空気」を作ってしまう。そうなると、政府・与党もなかなか無理に法案を通すことが難しくなる。この日本政治の歴史・文化を甘く見て、国会で圧倒的多数を持つことに驕ったことが、安倍政権の失敗だ。

 安倍政権は、たとえ国会で圧倒的な多数派を形成していようとも、安全保障政策について考え方が近い野党内の保守派とのネットワークを大事にし、しっかり話し合っていく謙虚さを持ち、慎重に事を進めていくべきだったのだろう。

安保法制の成立と引き換えに、
憲法改正は「政治的な死」を迎えることになる

 それにしても、なぜ安倍首相は国会審議前に「対米公約」を行い、わざわざ野党を怒らせるようなことをしたのか。あまりに稚拙な国会運営であり、理解に苦しむところだ。だが、もしかすると安倍首相は確信犯的に、野党との話し合いを拒否したのかもしれない。安倍首相は常々、「戦後レジームからの脱却」を訴えてきた。首相にとっては、「安全保障政策は、野党ともできるだけ話し合い、コンセンサスを得て進めるものだ」という日本政治の文化は、まさに「戦後レジーム」そのものであり、真っ先に否定したいと考えたのかもしれない。

 今国会で安保法制は成立するだろう。野党は追及を強め、国会の外でも反対運動が盛り上がるが、結局参院で強行採決できるし、参院審議が行き詰まり採決できなくても、「60日ルール」で衆院に法案が戻ってくれば、3分の2の賛成で再可決できるのだ。

 そして、安保法制が成立した後、反対派は難しい状況に陥るだろう。反対運動に参加した若者たちの多くは、日本政治のしくみがよくわかっていないので、本気で「廃案」に追い込めると信じているように思える。彼らは「廃案」に追い込めないことが分かった時、強烈な無力感、敗北感に襲われるだろう。野党は、反対運動をコントロールし続けるのに苦労することになる。また、国民のアベノミクスに対する「消極的な支持」が根強いことも、野党にとっては頭が痛い問題となってくる(第109回(下))。

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国民の「憲法改正アレルギー」はしばらく消えない

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