しかし、それでも安倍首相が自らの信念である「戦後レジームからの脱却」を貫こうとした代償は、決して小さくはない。安保法制の実現と引き換えに、首相が最も「やりたい政策」である「憲法改正」の可能性は、ほぼ消えてしまったのではないだろうか。
憲法学者が次々に「違憲」の見解を示したことをきっかけに、国民的な反対運動が広がったことの影響は大きい。その運動が、法案成立後に挫折感からしぼんでしまったとしても、国民の多くが持った「憲法改正」に対する強いアレルギーは、しばらく消えることはない。おそらく今後10年間、憲法改正は国民の支持を得られない。政治課題として検討することは極めて難しくなった。
憲法改正については、野党側の保守系議員も巻き込んで、超党派で少しずつ議論を積み上げてきていた。9条改正だけではなく、「新しい人権」や「行政改革」を進めるための「加憲」という考え方も打ち出されてきた(第106回)。国民の間に、少しずつ改憲についての理解が広がりつつもあったはずだった。
だが、安倍政権が野党の保守系議員や国民の信頼を一方的に崩し、積み上げてきた議論が崩壊させてしまったことこそが、安保法制の攻防を通じて起こった、本質的に重要な変化ではないだろうか。憲法改正は「政治的に死んだ」のである。



