「お客様の期待を超える」イノベーション

村上
碓井さんは「お客様の期待に応える」のではなく「期待を超える」のだとおっしゃっています。

碓井
お客様との会話の中で「ああしてほしい」「こうしてほしい」という話を聞きます。今、困ってることがあるからおっしゃっているわけです。それを受けて我々はどうするのか。ただ単に期待に応えるというよりは、自分たちの持っている技術をベースにもっと素晴らしいものを提供すれば、もっと喜んでいただけるのではないか。技術を知っていれば知っているほど、思い当たるものがあると思うんです。

作家/村上 龍

村上
碓井さんが入社された頃、電子卓上計算機用のプリンターの設計をされていて、音がうるさくないように改良してお客に喜んでもらえたことがとてもうれしかったそうですね。

碓井
上司から音を小さくするように言われ、「モーターがうるさいからではないか」「歯車の精度が低いからではないか」と、動作音測定用の部屋にこもり3カ月ほど実験を繰り返しました。

ただ、当時のプリンターというのはタイプライターのように紙を叩いて印字しており、原理的にうるさいんです。そこで考えたのが、世の中の人が求めているのはプリンターの音を小さくすることなのか、ということです。お客様はそのプリンターを電卓に内蔵された状態で使われる。その電卓プリンターとして、静かなものを必要とされているのではないか。結局、電卓本体の紙が出てくるところに、紙を押さえつける機構をつけてもらうことで解決しました。プリンターの音を小さくしたわけではないんです。

村上
世の中の人々が何を求めているのかを、最優先事項として考える。原点のような体験ですね。

碓井
そうですね。目的と手段を間違えてはいけない。その後、エプソンがインクジェットのプリンターに注力するようになったのも同じです。オフィスでは別の方式のプリンターが主流ですが、かつてエプソンもそこで競争をしていました。でもお客様が本当に求めているのは何か。より低コストできれいで速い印刷ができることではないのか。それだったら方式にとらわれず、自分たちが持っているインクジェットの技術を使ってプリンターを作ろうと、覚悟を決めて実行しました。世の中の期待を超えるイノベーションとは、そうやって生まれるのではないでしょうか。

村上
顧客、社会の期待に単に応えるのではなく、それを超えるためには、何が求められているのか、想像力を駆使して把握する必要があるわけですね。

 次に、よく語られている、エプソンの「垂直統合」というビジネスモデルについて、聞かせてください。