「創業経営者だから何もいえない」「息子が役員をしているが、何の権限も与えられていない」――これらは同族経営の会社で、時おり耳にする噂である。オーナー企業においては、社長の権限は絶大だ。時にはその権限をめぐって、身内でいさかいが起こることもある。とくに親子の確執は、根が深いものがある。
あなたが、こうした問題を抱える同族経営の会社に勤務し、親子の確執に巻き込まれそうになったら、どうするか――。その時は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の態度を貫くべきだ。
今回は、創業社長に認められて出世した役員が、親子の確執に介入したばかりに、一気に転落していく様子を紹介する。
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■今回の主人公
高見沢 昌男(仮名、43歳男性)
勤務先: 都内西部、神奈川県下で20店舗ほどを展開する中堅スーパー(従業員数330人)に勤務。創業経営者である社長に目を掛けられ、若くして役員になる。しかし、しだいに社長の強引な言動に反発を感じるようになり、軽率な発言をしてしまう。そのことで、問題がおきる。
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(※この記事は、取材した情報をプライバシー保護の観点から、一部デフォルメしています)
社長からの非情な「辞令」
JR中央線中野駅の改札口を出たところで、高見沢はため息をついた。そして数時間前、社長からいわれたことを思い起こした。
「君は、来月から関連会社に移ってもらうよ。一応、転籍という形になるが、……心配はいらないだろう」
社長(69歳)は、大きな椅子に深々と座り、話し続けた。高見沢は、社長室の入り口付近で直立不動になったまま、辞令を聞いた。
「君には、あそこで伸び伸びとやってもらいたい」
「……」
転籍は、本人の同意が必要である。だが、社長を前にすると何もいえない。高見沢は、感じ取った。やはり社長は、自分が副社長と親しくしていたことに怒りを感じたのだろう、と。
副社長は、社長の実の息子(39歳)である。しかし、2人の間には、長年にわたる“確執”があった。
社長の声が響いた。今度は、低く、太い声だ。
「君は、関連会社に行ってくれるな。これで、いいな?」
押しつぶされるような雰囲気が室内に漂う。社長は、腕を組んで天井を見上げている。 高見沢は、一言だけ口にした。
「……ええ……」
社長は、手を軽く1回ふった。“もう出て行け”という意味のジェスチャーだ。高見沢は、空しくなった。深々と会釈をして、社長室をあとにした。廊下を歩くと、中途採用試験で入った15年ほど前のことを思い起こした。あのころは、この廊下を意気揚揚と歩いていた――。