メディアが多様化し、動画広告の活用シーンはますます広がっている。ただし動画は強い訴求力を持つ一方で効果測定が極めて難しい。視聴率、再生数、アンケート調査などの指標から測れるのはあくまで間接的な効果であり、コンテンツが実際にどんなインパクトを視聴者に与えたかが正確につかめないことにジレンマがあった。そこに全く新しい手法を持ち込んだのがNTTデータが2016年にローンチした動画解析サービス「NeM sweets DONUTs(以下DONUTs)」だ。最新の脳科学を駆使して動画視聴者の脳活動を測定し、その心理を可視化する画期的なサービスだ。動画コンテンツの「質」を科学的かつ定量的に評価する。

この世界初の試みが成功した背景には緊密な産学連携体制がある。プロジェクトリーダーを務めたNTTデータの矢野亮氏、基盤技術を提供した情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)の西本伸志氏、コーディネーター役のNTTデータ経営研究所の茨木拓也氏のキーパーソン3人が、脳情報がビジネスに生かされる未来を語り合う。

脳情報を可視化して
CMの質を評価する

未知へ挑む産学共創が切り拓く「脳情報」のビジネス応用NTTデータの矢野亮氏

矢野 DONUTsは、視聴者の脳活動を計測することで動画広告の質を評価する、全く新しいマーケティングソリューションです。当社(NTTデータ)が2016年にリリースしたサービスですが、基礎研究を担うのは国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)で、CiNetとの連携がなければ世に出ませんでした。しかし私は通信会社の営業担当で、そもそも脳科学とは何の接点もありません。今回の産学連携が実現したのはNTTデータグループのコンサルティングファーム、NTTデータ経営研究所の茨木さんがCiNetの西本伸志先生を紹介してくれたのがきっかけでした。

茨木 NTTデータ経営研究所では、2010年から脳科学分野のオープンイノベーションプラットフォーム「応用脳科学コンソーシアム」を創設するなど、早くから脳科学の産業応用の道を探ってきました。また、西本先生の研究は世界的に注目されていたので何とか実社会への応用に結びつかないかを考えていました。

西本 日常生活と脳活動の関係性を探るのが、私の主な研究テーマです。私たちは日々、見る、聞く、といったさまざまな刺激を受けています。これが脳内でどのように処理されているのか、その活動の様子を調べるのが中心です。逆に、脳の活動から人の知覚を再構成する「脳情報デコーディング」にも取り組んでおり、2011年にカリフォルニア大でそのための基盤技術を開発しました。

茨木 こうした脳情報の解読技術を利用すれば、その人が見ている風景や、感じている知覚を再現できるのですね。西本先生の研究がすごいのは、統制の取れた科学実験としてよく使われる特定の図形を見せるといった定型的な刺激ではなく、情報が雑多に詰め込まれた動画のようなリッチなメディアを扱う点です。

矢野 「何か新規事業のヒントはないか」と茨木さんにたずねたとき、彼が西本先生の研究の素晴らしさを本当に熱く語ってくれて、私までワクワクしたことを覚えています。

茨木 それが2014年ですね。ちょうどその前年、西本先生はカリフォルニア大学から大阪のCiNetに移られているので、ぜひ矢野さんに紹介したいと思いました。