日本はコ・メディカル分野や
建築イノベーション領域に大きな勝機
ここまで、日本がこれまで得意としてきた「ものづくり」とは違うということをお話してきましたが、とはいえ、日本の技術を全て捨てる必要はありません。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、私は、職人の暗黙知も、精度の高い3Dプリンターの装置を作ることも、性能のよいハードをコツコツ開発することも大切だと考えています。これまでお話ししてきたような世界の「デジタルトランスフォーメーション」の波を拒むことなく、それはそれで、きちんと正面から受け止めて咀嚼すること。そしてそこに、日本にしかない要素やもともとあったものづくりの技術力をきちんとつなげ直していくこと。その両方を同時に行えばよいのです。
そして3Dプリンターが活かせるニーズ領域が、少子高齢化を迎える課題先進国と言われる日本に存在していることに大きな可能性を感じます。
一つは、「コ・メディカル」の分野です。病気を治療する「医療」の外側にある「未病」や「ヘルスケア」の領域です。少し身体の調子が悪いけれど、本格的な治療までは必要としない人たちをケアする製品や、日常の健康を維持してくれるアイテムを、3Dプリンターを用いて、その人の身体にぴったり合わせた「スーパーボディフィット製品」として開発することには大きな可能性があります。
私の研究室では、人の筋肉や骨、毛などの人造物を、3Dプリンターによって実物に近い硬さ、軟らかさ、手触りで作成できるようになりつつあります。また、医学的な人体のデータを活用しており、内部構造のパターンは複雑すぎて人間では設計できないので、AIに自動設計させたりもしています。
「FabNurse」というプロジェクトでは、看護師が3Dプリンターを使ってさまざまな看護グッズを作成するためのシステム作りを行っています。看護医療学部と連携した「看護業務における3Dプリンターの利活用」は、世界でもかなりユニークな取り組みではないかと思います。
さらに、2030年には3軒に1軒が空き家になるという日本の問題を見越して、建築のリノベーション分野を対象に、大型の3Dプリンターの研究も行っています。空き家を、3Dプリンターを用いて、カフェやコミュニティーセンターなどに用途変更していくことには大きな可能性があるでしょう。
このように、社会課題(ニーズ)と、新技術(シーズ)をきちんと組み合わせて、両面から研究していくことが大事だと思っています。コ・メディカル分野や建築リノベーション分野での研究データや成果の蓄積が、日本社会に大きく貢献することは言うまでもありませんが、今後日本に遅れて高齢化していく他の先進国や新興国が直面するさまざまな課題解決にも、十分に転用できると確信しています。
こうしたビジョンは、文部科学省が2013年にスタートした「センター・オブ・イノベーションプログラム」事業の拠点のうちの一つに採択されているもので、「ファブ地球社会」と名付けて展開しています。3Dプリンター以外の「デジタルトランスフォーメーション」、つまり、AIやビッグデータ、IoT、さらにはロボットやドローン、自動運転などとの組み合わせも日常的に模索しており、「3Dプリンター」だけを単独で扱うのではない、広い視野での未来シナリオを日々生成しています。
(取材・文/須田昭久 撮影/加藤有紀)