太陽の光も、土も、農薬も必要とせずに育つレタスが、いま世界の注目を浴びている。作っているのは京都の農業スタートアップである「スプレッド」。植物工場によって、いつでもどこでも野菜が作れる最先端生産システムを広めている。 同社が目指すのは「京都発・世界のフードインフラ」。京都から世界を見据えた、農業スタートアップの軌跡を追った。
宝石商から青果流通へ。そして自ら生産者に
――世界最大級の植物工場を設立し、“京都のスタートアップの雄”と注目を浴びる稲田さんですが、ご経歴を見るとかなり異色ですね。若い頃のキャリアは、なんと宝石関係の企業。その後、青果流通の世界に飛び込んだとか。
稲田(以下略):学生時代、昆虫が混入した鉱物の写真を雑誌で見て、鉱物の美しさ、不思議さに惹かれて夢中で勉強し、宝石鑑定士の資格も取りました。しかし就職後、バブルは崩壊。宝石が売れる時代ではなくなりました。たまたま転職活動中に出会ったのが、野菜流通の世界だったのです。スピード感と勢いに圧倒されました。宝石と違い、瞬時に価格が決まる仕組みも魅力的でした。青果の流通会社に転職してすぐ、「人々の生活に不可欠なこの青果流通を一生の仕事にしたい」と思ったほどです。
ただ、流通システムへの素朴な疑問もありました。野菜の価格は需給バランスで決まるため、どんなにおいしくて高品質な野菜でも、需要量を上回ると安値が付く。逆に、品質の悪いものでも生産量が少ないと値段が跳ね上がり、消費者にとって納得のいかない結果となってしまいます。その一方で、例えば京都で野菜が余って値下がりしていても、東京や九州では不足していることもある。より需要の高い卸売市場を探して転送して売れば、野菜の価値は上がるわけです。そこで思い立ち、卸売会社を退職して独立。2001年に「トレード」という会社を設立して、野菜の転送事業に参入しました。
――広範囲に取引を行うことで、需給バランスをマッチさせ、野菜の価格が決定できるわけですね。スピード勝負のビジネスという印象がありますが、インターネットでやり取りしていたのですか。
当時はもっぱら電話ですね。全国の卸売市場と連絡を取り合って、その日の野菜の入荷状況を調べるのです。市場間の情報を突き合わせると、どこでどの野菜がどのくらい不足するか分かる。余った野菜を集めて、夜中のうちにトラックを走らせ、各地の卸売市場に運び入れるというデイトレーダーのような仕事です。やがて関東、東北などにエリアが拡大。売り上げも伸び、5年後の2006年にはグループ全体で年商100億円に達しました。