世界のフードインフラへ。植物工場で農業の未来を拓く

#01 京都×農業

――それでも決意は揺らがなかった最大の理由は。

 やはり、日本の農業の未来に対する問題意識ですよね。世界的に見ても、人口爆発で食糧問題や環境問題への危機感が高まっていました。ならば、まずは自分でやってみようと。ちょうど転送事業が軌道に乗って収益も十分に出ていましたので、「いまなら新事業に腰を据えて取り組める」と覚悟を決めました。20年近く青果流通に携わってきましたので、売れる野菜を見極める目には絶対の自信があったことも大きかったですね。

「店頭価格200円」戦略の勝算

――2006年に植物工場事業会社である「スプレッド」を設立し、2007年には京都の亀岡市に日産2万1000株のレタスを生産する第1号工場「亀岡プラント」を建設するわけですが、そこで稲田さんは非常にユニークな戦略を打ち立てます。当時、植物工場の野菜といえば、高級食材としてデパートなどで売られているのが普通でした。ところがその常識を覆し、「店頭価格200円」というプライシングにこだわった。しかも、大手スーパーマーケットに狙いを定め、販路を築いていきました。この「逆転の発想」は、どこから生まれたのでしょうか。

 大規模工場で大量生産するからには、メジャーなマーケットで大量販売する必要があります。百貨店や高級スーパーでは売れる数にも限りがありますから。じゃあ、スーパーのレタスはいくらで売れるんだろうと目星をつけたのが、「店頭価格200円」です。これをベースに工場を設計し、コストを見積もりました。流通の世界にいたこともあり、生産者であってもマーケットインの発想は常に心掛けるようにしていましたね。

 ただ、最初からうまくいったわけではなく、“我慢の期間”がありました。店頭価格200円のレタスに対して、それ以上のコストがかかっていた。コスト管理を見直しては、じりじり販路を広げていく、という努力をひたすら重ねました。赤字に耐え続けること6年。長かったです。

――露地モノとの戦いもある中、スーパーマーケットに売り込みをかけるのは至難の業だったと思います。どうやってプロモーションを進めたのですか。

 かなり苦戦しました。「土や太陽の光からできていない野菜なんか気持ち悪い」と嫌がられたこともあります。でも、「露地野菜に負けない価値がつくれる」という確信がありました。年間を通して同じ品質を保ち、同じ価格で販売できるのは、絶対的な強みになると。そこで、「ベジタス」というブランドを立ち上げ、「安心安全」「環境対応」「安定供給」「食育」という4つのコンセプトを打ち出しました。当時はまだ野菜のブランドは珍しかったこともあり、徐々に認知度が高まった。「おいしい」「日持ちがいい」「無農薬で安心」と、消費者の間でも評判になりました。

――品質を高めるためにも、並みならぬ努力を重ねられたのでは。

 ひとえに栽培管理者である社員やパートの皆さんの頑張りのおかげですね。環境制御、特に温度と湿度の調整は大変で、湿度が高いと葉が育ちませんし、温度が高いと成長しすぎて開花してしまいます。肥料のバランス、光の当て方も模索しました。幸いなことに、植物工場の野菜の成長サイクルはだいたい42~43日。つまり、年8回トライアンドエラーができるということです。季節に合わせて栽培する露地モノでは、そうはいきません。一度ジャストな条件が分かれば、後はずっと同じ品質で作り続けられるというのも、植物工場ならではの強みでしょうね。

―― “ジャストな条件”は、AIやロボティクスなどの最新テクノロジーではなく人の力で探り当てた、つまり「手作り」だった、ということですね。その条件こそ、大量生産の出発点になったと。ところで、スプレッド設立から5年目の2011年、東日本大震災が発生していますね。消費者の意識が変化したことで、スプレッドにも影響がありましたか。

 私は流通業者でもありますので、福島の農家の方々のご苦労を間近で見てきました。グループ会社では福島の安全な野菜を販売していましたが、これからは、より安心・安全を社会全体で追求していく時代なのだと痛感しました。その意味で、安心安全をコンセプトの一つとして打ち出している「ベジタス」は、この先求められてくる野菜だと思いました。

世界のフードインフラへ。植物工場で農業の未来を拓く(写真左/中央)第1工場「亀岡プラント」にて。レタスが整然と並ぶ栽培室と、出荷用に調整を行うトリミング作業の様子。   (写真右)オリジナルブランド「ベジタス」。ロメインレタス、プリーツレタスなど数種類のレタスを商品化している。
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