世界のフードインフラへ。植物工場で農業の未来を拓く

#01 京都×農業

――創業からわずか5年にして大成功を収められた。しかし、そこで満足することなく、今度は自ら野菜の“生産者”となることを決意されます。全国の生産現場を回っていた時、それまで見えていなかった現実を知ったことがきっかけだそうですね。

 市町村合併で産地の名称が次々に変わっていた頃、もっと生産現場のことが知りたいと全国の生産者を訪ねて歩いたことがありました。日本の農業は高齢者の小規模農家に支えられているといわれていますが、実際に行ってみると皆さんご高齢の方ばかりで、「農業は私の代で終わりにしたい」とおっしゃる。理由を尋ねると、「子どもが農家を嫌がる」「昔より収穫量が減った」といった答えが返ってくるのです。

――収穫量が減った、というのは。

 一番大きな理由は、天候不順です。もう一つの理由は、土地が痩せてしまったこと。促成栽培しようと肥料をどんどん与えると、どうしても土に負荷がかかるんですね。同じ作物を同じ場所で育てると、連作障害といって土中の病原菌や虫も増えますし。日本の農業がそこまで危機的な状況にあるとは想像していなかったので、ショックでした。このまま農家が減っていけば、国産の農作物もどんどん少なくなって、野菜売り場には輸入品が並ぶことになる。そうなると、流通業者である自分たちは存在意義を失ってしまう、と不安が募りました。

こもり続けたマンションでの「ひとり実験室」

――では、「植物工場」というアイデアにはどうやってたどり着いたのでしょうか。

 天候に左右されず、若い人が働きたくなるような、安定した収入が見込める農業のあり方はないだろうか――。そう思いをめぐらせていた時、人工光による植物工場のことを知りました。閉鎖環境で水耕栽培し、農薬を使わず、光・温度・湿度のコントロールで野菜を生産するというものです。早速いくつかの植物工場を見学しましたが、ベンチマークできそうな所はありませんでした。当時の植物工場の野菜は弱々しくて、あまりおいしいものじゃなかったんですね。それでマンションの一室を借りまして、自分で人工栽培の研究を始めたのです。 

――ご自分で、ですか。

 興味を持ったら、とにかく自分でやってみないと気が済まない性格なんです。設備も手作りしました。蛍光灯を点けて、水槽の上にパネルを載せただけのごく簡単なものです。空調は室内のエアコンで済ませました。

 ところが、これがまあ失敗の連続で。ブロッコリーだの、ミニトマトだの、ラディッシュだの、いろいろ試したのですが、なかなかうまく育たずに枯れてしまう。一人で悶々としましてね。地元の農家に相談したり、大学の研究室を訪ねたりしました。来る日も来る日も太陽の光を遮断したマンションの一室にこもり、試行錯誤の末にたどりついたのが、レタスです。1年近くかかって、ようやく納得がいく品質のレタスが育った時は嬉しかったですね。もっともその間、社員からは「社長、何してはるんやろ?」といぶかしがられていましたけれど(笑)。

 その後、植物工場を設立してレタスを大規模に作ろうという決意に至るのですが、周りからは猛反対されました。当時はデフレだったこともあって、野菜は全体的に安かった。「タダでも野菜が売れない時代に、わざわざ高い設備投資をする理由が分からない」というわけです。

稲田信二 (いなだ・しんじ)
スプレッド/アースサイド 代表取締役社長

1960年生まれ。高校卒業後、宝石商を経て、青果流通業に転身。2001年に独立し、青果の転送事業会社トレードを設立。2006年には、植物工場事業会社スプレッドを設立。同社が現在開発中のAIやロボティクスを活用した次世代型農業システム「Techno FarmTM」は、持続可能な農業として世界から注目を集めている。2018年秋にはグループ5社を統括する持株会社制に移行し、アースサイドを設立。グループシナジーを活かし、農業関連事業を展開している。

 

●当連載「GLOCAL HEROES」について

テクノロジーの進化も後押しし、地方で起業することが必ずしもハンデとならない時代がやってきた。むしろ、創業の地を自らのアイデンティティとした、「地方発のユニコーン」が続々と生まれてくるに違いない。そこで当連載では、“GLOCAL”(GLOBAL+LOCAL)なニューヒーローにフィーチャーし、彼らの“Think Globally, Act Locally”なビジネスを紹介。創業期のスタートアップをPowerful Backing するアメリカン・エキスプレスとダイヤモンド社との特別企画としてお届けします。

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