所要時間わずか1分。世界が認めたAI病理診断の革命児

#02 福岡×医療

「AI×病理診断」というビジネスチャンス

――そして、「AI×病理診断」というコンセプトに出合ったわけですね。

 最初はプロダクト開発の基本も分からず、作りたいものを好き勝手に作っていました。面白そうな機能をどんどん合体させていったものだから、かなり混沌とした、UX(ユーザー・エクスペリエンス)的には相当ひどいものばかりできてしまった。でも、たまたまその中に機械学習の技術を使った「細胞のトラッキングシステム」というのがあったのですが、それを数理医学研究室の教授が見た時に「病理診断に使えるんじゃないか」と教えてくださったんです。

 2015年当時、ディープラーニングという言葉は、まだほとんど世間に浸透していなかったのですが、市場調査をしてみると、たしかにAIの自動診断システムはまだ出回っていませんでした。

――ビジネスとしての可能性に改めて気付いたわけですね。

 本気で起業を考えるようになったのは、2017年、学内ベンチャーを支援する九州大学の全学支援事業に採択されてからです。助成金50万円をいただいたことでモチベーションは一気に盛り上がりました。ビジネスの現場を知りたくなり、大学3年生の時には1カ月間、東京のゲーム開発会社でインターンをさせていただきました。その翌年には大学を休学し、ウエブエンジニアとして勤務しています。

――まさに大学生が武者修行に出たという感じですね。

 2017年にできた九州大学「起業部」での学びも大きかったですね。顧問の熊野正樹准教授には、ピッチ(プレゼンテーション)のやり方や、スタートアップ創業に必要なさまざまなことを指導していただきました。熊野先生には今も、定期的にアドバイスをいただいています。

――福岡市の起業支援プログラム「Global Challenge! STARTUP TEAM FUKUOKA」にも参画されています。高島宗一郎市長肝いりの起業研修プログラムですよね。

 3カ月間かけ、事業計画の作り方から、デザイン思考、課題の見つけ方、資金調達の方法まで、ありとあらゆることを勉強させていただきました。一通り学んだ後は、実際にサンフランシスコを視察。選抜メンバーは、現地のピッチコンテスト「Asian Night」に出場し、投資家からフィードバックをもらえるというプログラムです。ありがたいことに、参加者200人中5人の選抜メンバーに入り、コンテストに出場。準優勝に選ばれました。

 ところが、そのときの審査員が「君のピッチ、なかなかよかったよ」と声をかけてくださったんです。さらには、「明日、私が主催するLive Sharks Tankというピッチコンテストがあるんだけれど、よかったら出ないか」と言うのです。

――世界的に有名なスタートアップを輩出しているコンテストですよね。

 そうなんです。翌日には帰国する予定だったのですが、急きょ飛び入りで参加しました。そうしたら、なんと優勝してしまいまして(笑)。優勝賞品として、5万ドル相当をいただきました。

――いきなり? それはすごいですね。突然やってきた日本人が優勝をかっさらっていったわけですから、みんな驚いたでしょうね。

 シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタル)など、そうそうたるメンバーが審査員として並び、観客は現地の投資家、起業家、大学教授、スタートアップ関係者などでした。そうした大舞台で緊張せずに話せたのは、九大起業部や全学支援事業での取り組み、福岡市の研修プログラムでの特訓の成果です。もう一つ、アルバイトの経験もあるかもしれません。カフェ店員やウェイター、予備校講師などいろんなアルバイトをしてきましたが、コールセンターの販売員もしていたことがあります。電話一本で勝負するわけですから、言葉遣いや声のトーン、どこを強調するかなどを工夫しなければなりませんでした。この経験はピッチでも、とても生きているように思います。

――それにしても、シリコンバレーというスタートアップの聖地でピッチをするというのは、意識がガラガラと変わるような鮮烈な体験だったと思いますが。

 コンテスト会場もそうですが、街全体の空気感に刺激を受けました。有名なスタートアップのオフィスがコンビニのようにあちこちにあるし、スタートアップのサービスがインフラレベルで浸透していて、レストランも交通手段もスタートアップがやっていたりして、それこそ街全体が“スタートアップ経済圏”になっているんですよね。

 そして何より、そのカルチャーに衝撃を受けました。日本だと、どんな大学を卒業して、どこに勤めていたのかなど、まず相手の肩書を見るじゃないですか。でも、シリコンバレーで大切なのは、「今どんな社会課題に、どのように取り組んでいるか」「どれだけ情熱を持っているか」だけ。ある意味、すごくフラットなんですね。その半面、スタートアップ激戦区ですから、過酷な生存競争を生き延びようと誰もが必死です。その情熱、スピード感には圧倒されました。スタートアップの世界でよく言われることですが、アイデア自体はそれほど重要ではなく、大事なのは「やるか、やらないか」。とにかくやることに価値があるし、それもいかに早くやるかが問われるんだな、と痛感しました。

(写真左)AI病理診断支援システム「PidPort」。独自のディープラーニング技術により、人の体から採取した組織や細胞の標本をスキャンして画像化し、短時間でAIが解析。98%以上と高精度な病理診断を行う。
(写真右)会社設立前の2017年、アメリカ西海岸視察訪問中に参加したシリコンバレーのピッチコンテスト「LivesSharkstTank」でのインタビューの様子。飛び入り参加にもかかわらず、見事優勝を果たした。

●当連載「GLOCAL HEROES」について

テクノロジーの進化も後押しし、地方で起業することが必ずしもハンデとならない時代がやってきた。むしろ、創業の地を自らのアイデンティティとした、「地方発のユニコーン」が続々と生まれてくるに違いない。そこで当連載では、“GLOCAL”(GLOBAL+LOCAL)なニューヒーローにフィーチャーし、彼らの“Think Globally, Act Locally”なビジネスを紹介。創業期のスタートアップをPowerful Backing するアメリカン・エキスプレスとダイヤモンド社との特別企画としてお届けします。

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