「AI×病理診断」というビジネスチャンス
――そして、「AI×病理診断」というコンセプトに出合ったわけですね。
最初はプロダクト開発の基本も分からず、作りたいものを好き勝手に作っていました。面白そうな機能をどんどん合体させていったものだから、かなり混沌とした、UX(ユーザー・エクスペリエンス)的には相当ひどいものばかりできてしまった。でも、たまたまその中に機械学習の技術を使った「細胞のトラッキングシステム」というのがあったのですが、それを数理医学研究室の教授が見た時に「病理診断に使えるんじゃないか」と教えてくださったんです。
2015年当時、ディープラーニングという言葉は、まだほとんど世間に浸透していなかったのですが、市場調査をしてみると、たしかにAIの自動診断システムはまだ出回っていませんでした。
――ビジネスとしての可能性に改めて気付いたわけですね。
本気で起業を考えるようになったのは、2017年、学内ベンチャーを支援する九州大学の全学支援事業に採択されてからです。助成金50万円をいただいたことでモチベーションは一気に盛り上がりました。ビジネスの現場を知りたくなり、大学3年生の時には1カ月間、東京のゲーム開発会社でインターンをさせていただきました。その翌年には大学を休学し、ウエブエンジニアとして勤務しています。
――まさに大学生が武者修行に出たという感じですね。
2017年にできた九州大学「起業部」での学びも大きかったですね。顧問の熊野正樹准教授には、ピッチ(プレゼンテーション)のやり方や、スタートアップ創業に必要なさまざまなことを指導していただきました。熊野先生には今も、定期的にアドバイスをいただいています。
――福岡市の起業支援プログラム「Global Challenge! STARTUP TEAM FUKUOKA」にも参画されています。高島宗一郎市長肝いりの起業研修プログラムですよね。
3カ月間かけ、事業計画の作り方から、デザイン思考、課題の見つけ方、資金調達の方法まで、ありとあらゆることを勉強させていただきました。一通り学んだ後は、実際にサンフランシスコを視察。選抜メンバーは、現地のピッチコンテスト「Asian Night」に出場し、投資家からフィードバックをもらえるというプログラムです。ありがたいことに、参加者200人中5人の選抜メンバーに入り、コンテストに出場。準優勝に選ばれました。
ところが、そのときの審査員が「君のピッチ、なかなかよかったよ」と声をかけてくださったんです。さらには、「明日、私が主催するLive Sharks Tankというピッチコンテストがあるんだけれど、よかったら出ないか」と言うのです。
――世界的に有名なスタートアップを輩出しているコンテストですよね。
そうなんです。翌日には帰国する予定だったのですが、急きょ飛び入りで参加しました。そうしたら、なんと優勝してしまいまして(笑)。優勝賞品として、5万ドル相当をいただきました。
――いきなり? それはすごいですね。突然やってきた日本人が優勝をかっさらっていったわけですから、みんな驚いたでしょうね。
シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタル)など、そうそうたるメンバーが審査員として並び、観客は現地の投資家、起業家、大学教授、スタートアップ関係者などでした。そうした大舞台で緊張せずに話せたのは、九大起業部や全学支援事業での取り組み、福岡市の研修プログラムでの特訓の成果です。もう一つ、アルバイトの経験もあるかもしれません。カフェ店員やウェイター、予備校講師などいろんなアルバイトをしてきましたが、コールセンターの販売員もしていたことがあります。電話一本で勝負するわけですから、言葉遣いや声のトーン、どこを強調するかなどを工夫しなければなりませんでした。この経験はピッチでも、とても生きているように思います。
――それにしても、シリコンバレーというスタートアップの聖地でピッチをするというのは、意識がガラガラと変わるような鮮烈な体験だったと思いますが。
コンテスト会場もそうですが、街全体の空気感に刺激を受けました。有名なスタートアップのオフィスがコンビニのようにあちこちにあるし、スタートアップのサービスがインフラレベルで浸透していて、レストランも交通手段もスタートアップがやっていたりして、それこそ街全体が“スタートアップ経済圏”になっているんですよね。
そして何より、そのカルチャーに衝撃を受けました。日本だと、どんな大学を卒業して、どこに勤めていたのかなど、まず相手の肩書を見るじゃないですか。でも、シリコンバレーで大切なのは、「今どんな社会課題に、どのように取り組んでいるか」「どれだけ情熱を持っているか」だけ。ある意味、すごくフラットなんですね。その半面、スタートアップ激戦区ですから、過酷な生存競争を生き延びようと誰もが必死です。その情熱、スピード感には圧倒されました。スタートアップの世界でよく言われることですが、アイデア自体はそれほど重要ではなく、大事なのは「やるか、やらないか」。とにかくやることに価値があるし、それもいかに早くやるかが問われるんだな、と痛感しました。
(写真右)会社設立前の2017年、アメリカ西海岸視察訪問中に参加したシリコンバレーのピッチコンテスト「LivesSharkstTank」でのインタビューの様子。飛び入り参加にもかかわらず、見事優勝を果たした。