福岡のエコシステムが育んだもの
――スタートアップにとって、場所が持つ力は大きいですね。もし、九州大学に進学せず、東京にいたとしたら、起業していたと思いますか。
していなかったと思います。たとえ起業したとして、都内にある小さなマンションの一室で働いていたら、窓から見える高層ビル群、つまり大企業の本社ビル群に圧倒されて、萎縮してしまったかもしれない。
その点、福岡はのびのびした空気があふれていますし、市を挙げてスタートアップを応援しようという一体感が強い。VCもインキュベーション施設もあって、スタートアップに不可欠なエコシステムが機能している。アーリーステージのスタートアップは、資金調達にしても、書類作成にしても、プロダクト開発にしても、人との出会いがないと前に進めません。人と人が密につながり合いながらも流動性の高い福岡だったからこそ、うまくいった点は多々あります。福岡は市街地と空港がとても近いので、東京との行き来も楽ですし。
――採用面では、福岡という立地はどうでしょう。
もちろん、優秀な人材は東京に集中していますが、その方々に福岡に移住してもらうのは現実的な選択肢ではありません。それよりも、世界中の優秀な人々とオンラインでコミュニケーションを取りつつ、みんなで集まって仕事ができる環境としてのオフィスをいくつか設けていて、福岡の本社もその一つという位置付けです。現在、組織規模は100人を超えていて、3割は外国人。フランス、イギリスなどいろんな国や地域で働く人がいますよ。オフィスは福岡以外に東京、広島にあり、米国デラウェア州にも現地法人があります。
――2018年8月、VCから1億円の資金調達もされました。会社の規模が大きくなり、ステークホルダーも増えたことで、飯塚さんに求められる役割も変わったと思いますが。
これまでは自分が何でもやってきましたが、最近は意思決定や採用、資金繰りなどに注力するようになりました。自分で処理するのは厳しいなと思った仕事は、2分以内に誰かに振るようにしています。僕のところで仕事が止まってしまうのは、一番避けたいですから。
――2分ですか……。スピードがすべて、ということですね。最後に福岡発のスタートアップ起業家として、近未来に向けてどんなグローバルビジネスを展開したいと思っているか、お聞かせください。
日本だけでなく世界中にサービスを広げたいですね。病理医不足は海外でも深刻です。たとえばブラジルなどは、病理診断結果が出るまでに3カ月待ちと言われます。すでにタイの医療機関ではPidPortの試験運用を始めており、本格運用を目指しているところです。将来は、世界中の医師が使える医療プラットフォームを作りたい。
ただ、今後IPO(新規株式公開)を果たしたとしても、「テクノロジーの力で、医療分野で社会課題の解決に貢献する」という信念やあるべき姿は、見失ってはいけないと肝に銘じています。特にスタートアップは浮き沈みが激しく、軸となる情熱や思いがないと精神的に持ちこたえられませんから。
また、「複数の視点」を持ち続けることも大事にしたいですね。目先のことばかりにとらわれるのではなく、世の中における自分の立ち位置を常に俯瞰できるようになりたい。そうでなければ、新たなビジネスを生み出すことはできません。好奇心の赴くままに、何足ものわらじを履いてきた僕ですが、だからこそ医療とビジネスの垣根を越え、前を向いて歩き続けることができているのだと思います。
*当連載「GLOCAL HEROES」は、アメリカン・エキスプレスとダイヤモンド社との特別企画としてお届けしています。
【次回予告】第3回のGLOCAL HERO《名古屋×建設》は、スタジオアンビルトの森下敬司さんです(11月末に公開予定)。どうぞお楽しみに。