「間取り迷子」を救え!つながりあう建築という新常識

#03 名古屋×建設

就職して気付いた
理想と現実のギャップ

――大学院卒業後、新卒で大手ゼネコンに入社されましたが。

 大企業で経験を積み、将来は建築家として独り立ちできたらいいなという思いがありました。ゼネコンなら大規模建築など大きな仕事にチャレンジできますから。でも現実には、自分が思っていたような経験はできませんでした。設計本部でオフィスビルや複合施設を担当していたのですが、仕事は40〜50代上司のアシスタント業務が中心。当然ながら、経験の少ない自分にはクリエイティブな仕事は全然回ってこない。「このまま10年以上、下働きが続くのか……」と思うと、焦りが募りましたね。アトリエ系の設計事務所に入社した友人たちは、どんどん仕事を任されて活躍していましたから。 

――森下さんのような就職氷河期世代には、後輩がなかなか入社してこない現場の中で、同じような焦燥感を味わった人も多いのでは。しかも建設業界全体は慢性的な人手不足といわれていて、時間外労働も多いと聞きます。

 残業時間が月に100時間を超えることもありましたね。業界構造的に、人手が足りない時期がどうしても発生してしまうのです。そもそも建設業界は受注産業ですから、自ら生産計画を立てることができない。さらには、一つひとつのプロジェクトが長期間に渡るため、仕事量に波があります。通常は一人の設計者が複数の案件を同時並行で担当するため、各案件の繁忙期が重なると膨大な仕事量に。とはいえ、ピーク時に合わせて人を採用するわけにはいきません。その結果、現場は深夜まで働いて、大波を乗り越えるしかなくなります。僕も常に仕事に追われていました。だから結局、3年後に退職を決意。ひとまずは企業がアウトソーシングする設計図面の仕事をフリーランスの建築士として受注しながら、次のステップを模索しようと考えました。ところが、仕事の依頼がまったく来なくて……。

――まったく? 人手不足の業界なのに、ですか?

 ええ、まったく(笑)。本来、建設業界は分業化が進んでいて、意匠図面の専門家、構造図の専門家、設備図面の専門家といった具合に、独立系のプロは業界の中に多数います。しかし一般的に、大手ゼネコンやハウスメーカーは外注先を広く探そうとはしません。というのも、この世界は動くお金も大きいですしミスも許されないので、知らない人間にはなかなか仕事を任せられない。よって、独立した元社員など昔から付き合いのある人に仕事を振る、というケースがほとんどです。それゆえ彼らを他社に奪われないため、忙しくないときも無理やり何か仕事を作って発注するといったように、外注人材を囲い込むような現象も起きていました。

 僕はそうした人的ネットワークもないまま独立してしまったので、仕事をもらうことができなかった。でも、これは僕だけの話ではありません。業界には仕事が欲しいフリーランスの建築士やデザイナーはいっぱいいて、その発注元となる大手ゼネコンやハウスメーカーは慢性的な人手不足を抱えている。にもかかわらず、それがうまくつながらない。人材の需給ミスマッチが起きているのです。

人材ミスマッチを解決する
「シェア」というアイデア

――仕事がなくて途方に暮れていた森下さんに、たまたま声をかけてくれた知人がいたそうですね。その人の仕事を手伝う形でフィッシングウェアのECサイト運営を手がけたのが、インターネットビジネスの世界を知ったきっかけだったとか。

 最初はECサイトの運営アシスタントとして、見よう見まねの独学でウェブサイトの開発を担当していましたが、次第にいくつものECサイトの運営そのものを任されるようになり、最終的には統括責任者になりました。インターネットビジネスの面白さと可能性に気づいて数年が経ったころ、世の中に広がり始めていた「シェア」という概念に出合ったのです。シェアハウスやカーシェアリングなどが話題になっていたので詳しく調べてみると、海外ではクラウドソーシングという新たなビジネスモデルが普及し始めていて、国内でもそうしたサービスが始まりつつあることが分かりました。それらに着想を得て、建設業界の人材ミスマッチを解決するクラウドソーシングというアイデアにたどり着きました。

 最初は設計事務所同士で仕事をシェアするサイトを考えていたのですが、「フリーランスのスキルを業界全体でシェアする方が発注者も広がるし、インパクトがあるんじゃないか」と気付きました。そこでECサイトの仕事を続けながら、具体的な事業プランを練りました。そして2013年、建築系クラウドソーシング「スタジオアンビルト」のサービスをリリースしたのです。

森下敬司(もりした・けいし)
スタジオアンビルト 代表取締役社長

1981年生まれ、岡山県出身。名古屋工業大学大学院卒業後、大手ゼネコンの大成建設に入社し、設計本部でオフィスや複合施設などの設計に携わる。退社後、通販会社でフィッシングウェア専門のオンラインショップ4店舗を運営。2013年スタジオアンビルトを設立し、建築デザイン分野のクラウドソーシング事業を開始。現在、4800名を超える建築専門家が利用する、建築分野で日本最大級のサービスに成長。2017年に法人化し、代表取締役社長に就任。2018年スマホで間取り図を作成できる「マドリー」をローンチし、1年でインスタグラムのフォロワー8万人の人気サービスとなる。2019年には、ベンチャーキャピタルなどから1.1億円の資金調達に成功したことを発表。1級建築士。

●当連載「GLOCAL HEROES」について

テクノロジーの進化も後押しし、地方で起業することが必ずしもハンデとならない時代がやってきた。むしろ、創業の地を自らのアイデンティティとした、「地方発のユニコーン」が続々と生まれてくるに違いない。そこで当連載では、“GLOCAL”(GLOBAL+LOCAL)なニューヒーローにフィーチャーし、彼らの“Think Globally, Act Locally”なビジネスを紹介。創業期のスタートアップをPowerful Backing するアメリカン・エキスプレスとダイヤモンド社との特別企画としてお届けします。

 

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