「間取り迷子」を救え!つながりあう建築という新常識

#03 名古屋×建設

――自ら建築家として生きるのではなく、建築家を支援する道を選んだわけですね。サービス開始当初、周りの方々の反響はどうでしたか。

 活動を始める前、建築仲間に「どう思う?」と意見を聞いて回ったのですが、否定派が多かったですね。「会ったこともない相手に、ネットで仕事を依頼するなんて」という意見が大半でした。そんな中、全力で賛成してくれた友人がいた。それは、現取締役の山川紋です。彼女は開口一番、「そういうサービス、私も絶対必要だと思ってた!」と。いやー、うれしかったですね。当時、彼女も独立して設計事務所を開業していたので、同じ課題意識を持っていたのだと思います。「大丈夫だ、きっといける。業界の人間ならみんな共感してくれるはず」と自信が湧いてきました。

 そこでネット上でも安心して発注できるよう、登録者の職歴や実績、資格や使用可能なCADソフトに至るまで、プロフィールやスキルを詳しく確認できるようにしました。さらには、取引後の評価として5点満点のレビューも公開する仕組みも入れました。とはいえ、分かりやすいUI(情報の表示様式、操作感)を心がけなければ、UX(ユーザー体験、満足度)は上がりません。特に建設業界の人材はシニア層も多いので、他業界に比べてITリテラシーは高くない。そういう不慣れな人でも登録しやすく、しっかりと自己PRできるようにしたい、ということで作ったのが「匠ストア」という機能です。「CGパースを1枚5万円で描きます」といった具合に、ECサイトのように受注者が自分のスキルを商品化し、売り出すことができます。

――発注側にしてみれば、顔の見えない相手に仕事をお願いするわけだから不安がある。登録者の「スキルの見える化」がきちんとできていれば、発注側も安心ですね。

 ところがリリースして1年ぐらいは、発注がほぼゼロだったのですよ。当初はサイトの仕組み自体が複雑で、分かりにくかったことが原因だと思います。地道に改善を繰り返しました。おかげで少しずつ利用者数が増えていったのですが、2017年に起こった決定的な出来事で状況は一変しました。それは政府主導による「働き方改革」です。さらに、翌2018年にはモデル就業規則から副業禁止規定が削除され、事実上の「副業解禁」となりました。このインパクトは大きかったですね。

――なるほど。働き方改革で、時間外労働の多い建設業界の課題が丸見えになった。外部人材を活用する企業が増え、フリーランスにスポットが当たるようになったというわけですね。

 ええ。スキルを生かして副業する人も増えていきましたしね。2017年から18年にかけて、取引数は倍々で伸びました。現在では、月当たり約200~300案件の発注があります。

建設業界の
「立ち入り禁止区域」を解き放つ

――つまり、シェアリングエコノミーの潮流を察知し、「人のスキルをシェアする」という斬新なビジネスを立ち上げた後、労働市場の構造が音を立てて変わり始めたと。一歩先を行くビジネスに時代が追い付いたのが、2017年だったのですね。

 さらには、そこに第2のブレークスルーも起きました。きっかけは、たまたまスタジオアンビルトのサイトを見た一般のお客様からの問い合わせでした。「ハウスメーカーさんで作ってもらった間取りに納得がいかない。おたくに登録している建築家さんに作り直してもらえないか」という依頼が入ったのです。

 気になったので調べてみたら、ある住宅専門誌の調査で「注文住宅の施主の95%が間取りに不満を持っている」というデータが出てきて、改めて驚きました。SNSでも「#間取り難民」とか「#間取り迷子」といったハッシュタグで、みんなが間取りの悩みを発信し合っていたり。というのも、多くの住宅会社では、最初に間取り図を作るのは担当営業マンです。ただし営業マンは設計のプロではないため、どうしても間取りはパターン化したものになりがち。よって営業マンに細かなニーズをくんでもらえず、間取り迷子になってしまうというケースは案外多いようです。ここにビジネスチャンスがあるのではないか、と考えました。

――まさに、マーケティング理論でいわれる「予期せぬ顧客の声」ですね。意外なところにニーズが転がっていた。

 そこで僕たちは、一般の施主さんと、スタジオアンビルトに登録する建築士やデザイナーをつなぐBtoCのマッチングサイト「マドリー」をスタートしました。フォームに条件や要望を記入するだけで、全国の登録者からコンペ形式で間取り図を募集できるというものです。スマホひとつでやりとりが可能なので、わざわざ住宅会社に足を運ぶ必要がありません。届いた複数案の間取り図から気に入ったものを1案選び、それをもとに住宅会社と打ち合わせができ、希望通りの家が建てられるという仕組みです。人気に火がつき、2018年の開設から1年で会員数3500人を突破。マドリーがメディアに取り上げられるようになったことで、会社の知名度もぐっと上がっていきました。

――BtoCの事業があると、会社が世の中により認知されるようになりますよね。

 さらマドリーでは、2019年の10月から、間取り図だけではなく、希望する予算やデザインでつくった間取りを施工できる住宅会社を紹介したり、土地がない場合には、希望する間取りが建てられる“間取りファーストな土地”を一緒に探すこともできるようになりました。スマホひとつあれば、間取りづくりから土地探し、住宅会社の選び方、予算の建て方に至るまで、建築の専門知識を持ったコンシェルジュに家づくりをワンストップでサポートしてもらえるという、オンラインのコンサルティングサービスへと進化しています。また、住宅会社においても営業マンが間取りを描く必要がなくなり、顧客対応に集中できる。住宅会社にとっても、当社にとっても、よい補完関係になると考えています。

――BtoB事業(スタジオアンビルト)に、BtoC事業(マドリー)が加わり、さらにBtoCを強化する新たなコンサルティング事業も開始したことで、ビジネスモデルが立体的に進化してきたという印象があります。

 スタジオアンビルトという基礎(ベース)があるからこそ、新たなビジネスモデルを構築できるのです。マドリーは、基礎に取り付けた入り口の一つ。この入り口を通って、今まで市場から締め出されていた優秀なフリーランスの建築士やデザイナーが活躍できる。実は、住宅建築市場での建築家のシェアは4%しかなく、96%はハウスメーカーや工務店が占めていました。建築家にとっては間取り図作成という小さな仕事からのスタートですが、その96%の市場にアクセスできる時代がやってきました。また一般の方が彼らとダイレクトにつながり、その力を借りることで、「施主自らが家づくりに参加できる仕組み」を実現することもできたんじゃないかと思います。

(写真左)スタジオアンビルトのメンバー。今後の事業拡大に向けて、エンジニアを大幅に増員予定。
(写真右)間取り作成サービス「マドリー」。希望の条件に合った間取りを、コンペ形式で提案してもらえる。

●当連載「GLOCAL HEROES」について

テクノロジーの進化も後押しし、地方で起業することが必ずしもハンデとならない時代がやってきた。むしろ、創業の地を自らのアイデンティティとした、「地方発のユニコーン」が続々と生まれてくるに違いない。そこで当連載では、“GLOCAL”(GLOBAL+LOCAL)なニューヒーローにフィーチャーし、彼らの“Think Globally, Act Locally”なビジネスを紹介。創業期のスタートアップをPowerful Backing するアメリカン・エキスプレスとダイヤモンド社との特別企画としてお届けします。

 

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