トレーサビリティの重要性に気付いたのは、長年の取り組みの経験から
下田 祥朗 繊維原料課長
原料から衣料品までのバリューチェーンを自社で構築していることにより、コスト削減だけでなく、原材料の調達から販売までのトレーサビリティ(製品の原産地や原材料、流通経路などの情報が追跡可能なこと)を確立することも可能となる。RENUのような環境配慮型の素材にとって、トレーサビリティは非常に重要なポイントである。消費者が原料の出自や製造工程を自らの目で確かめることは極めて難しいため、トレーサビリティの保証は消費者の信頼を得るための鍵になるからだ。
「今年4月、欧州の拠点があるロンドンで展示商談会を行ったのですが、そこで欧州のブランドなどから高く評価されたのが原料までのトレーサビリティでした」と清水氏は言う。
実は伊藤忠商事では2007年からインド綿農家のオーガニック農法への移行を支援する「プレオーガニックコットン」プログラムに取り組んでいた。オーガニック農法への移行は農薬による生産者の健康被害や環境負荷軽減を実現できる一方、認証を取得するまでの3年間は生産量の低下に伴う収入の減少などが転換への大きな障壁となっていた。そこで同社は「プレオーガニックコットン」プログラムを通じて移行期に栽培された綿花をブランディングし、プレミアムを付けて販売することで、農家のオーガニック農法への移行を支援したのだ。
この時にトレーサビリティを含めた素材のブランディング・ノウハウを構築した同社は、その後、トレーサブルな天然素材のブランディングに乗り出した。現在も大手セレクトショップの衣料品に継続的に使用されている豪州産「ハミルトンラムズウール」をはじめ、伊藤忠商事ならではのグローバルな調達力と目利き力を生かした素材ブランディングは、高く評価されている。こうした経験を生かし、RENUにおいても、国際的な認証機関から原料の出自やリサイクル含有物などを保証する「GRS(Global Recycled Standard)認証」を早期に取得しており、2019年9月に出展した世界最大級のファッション素材展示会「プルミエール・ビジョン・パリ」でも好反応を得た。
繊維が「祖業」だからこそ
いまグローバルなファッション市場では、欧州主導でサステナビリティの重要性が急速に高まりつつある。いくつかの大手グローバルファッションブランドは、近い将来、サステナブルな素材以外は使わないと宣言するまでになっている。こうした背景もあり、伊藤忠商事の繊維カンパニーは全社的に掲げる“商いの次世代化”に向けて舵を切り、「主導権を持った原料起点のバリューチェーンの構築」を目指し、2018年以降に環境配慮型素材を中心にした原料分野への投資を相次いで実施した。RENUプロジェクトの始動もその一環だ。
他にはフィンランドの森林業界大手のメッツァ・グループとの共同出資で、環境配慮型セルロース繊維のパイロット工場を設立。また、多彩な素材ブランドを有する米国ライクラ社にも出資するなど、環境配慮型素材の拡充に向けて、グローバル企業との協業を加速させている。サステナブルの世界的な機運を「危機感ではなく、ビジネスチャンスと捉えている」と清水氏は言う。
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そもそも繊維ビジネスは、伊藤忠商事の「祖業」である。プラザ合意後、各社の繊維部門が次第に勢いを失うなかで、同社だけは祖業を拡大し続け、1997年に「繊維カンパニー」として新たに船出をした。「自分たちが先行者であるため、誰の真似もできず、自ら新たな領域を切り拓くしかない。私自身にとっても大きな挑戦であり、まだまだ課題は多いのですが、環境配慮型素材の展開は、地球環境を守る社会貢献の側面もあるので、中堅や若手社員のモチベーションも大きく向上しています」と清水氏は手応えを語る。