イノベーションとは経済的成果を生み出す革新
イノベーション研究センター教授
軽部 大氏
軽部氏は、「イノベーション実現のカギは4つあります」と切り出した。1つ目は、顧客の課題解決。顧客のリアルな困りごとに迫ることだ。2つ目は、競争力、つまり顧客にとってかけがえのない存在になること。3つ目は、他者の力(他力)。自力だけではなく、他者との結合をもっと志向すべきという。そして4つ目が、未来の顧客。“既知の未知”ではなく、“未知の未知”にいかに近づけるかが重要だと指摘する。
「イノベーションの実現は課題から出発すべきというのが、基本メッセージです」。軽部氏はそう語り、「ビジネス(事業)」とは顧客が直面する課題と解決策の束であり、「事業を営むこと」は社会に散在する顧客が直面する課題を発見し、同定し、解決策を研究開発し、それを社会に提案。顧客の選択を通じて、問題解決に資することであるとする。
また、「企業とは何か」という命題については、顧客の課題を、固有の技術的変換能力をもって解決する主体と定義され、顧客からかけがえのない存在として認知されるには、他社が提供できない技術的変換能力が必要だと説明する。そして顧客には、既知の顧客、潜在顧客、未知の顧客という3つの異なるタイプがあり、彼らとどう対話するかが、技術的変換能力を磨くうえでカギとなる。
「イノベーションとは経済的成果を生み出す革新です。すなわち、経済的成果を伴って初めてイノベーションとして結実するのです。当然ながら、イノベーションの創出は結果であり、目的ではありません。最終的な目標はイノベーションを起こすことではなく、イノベーションを通じて顧客の課題解決に資することなのです」と軽部氏。それが研究開発の目的であり、これに対して、社内に散在する資源を集めて、組織的活動に結びつけることはCFOに課された大きな課題だとする。
イノベーションの創出という結果が、目的化してしまっている企業や経営者に対しては、「Why」のクエスチョンを投げかけることが有効だと説く。「HowではなくWhyが重要。なぜやるのかを突き詰めていけば、おのずとHowは決まってくる」からである。
ここで軽部氏は、事前合理性の高低と事後合理性の高低によって4つの象限に区切られたマトリックス図を示した(図表を参照)。
そして、事前合理性・事後合理性がともに高い「第1象限」、事前合理性は低いが事後合理性が高い「第2象限」、事前合理性・事後合理性ともに低い「第3象限」、事前合理性は高いが事後合理性が低い「第4象限」の4つに分けたとき、「投資の意思決定を下すときに望ましいと考えられるのはどの象限か?」と問い掛けた。
最も望ましいのは、第1象限だろう。しかしながら現実には、第2象限、第4象限にも投資案件は分布している。そこで、4つの象限の利得について考えてみる。
第1象限は「計画の勝利」、第2象限は「意図せざる勝利」、第3象限は「失敗の追認」、第4象限は「典型的な失敗」と言い換えられる。問題は、第2象限をどう取り扱うかである。その意味するところは、「事前には合理的と思えなかったが、事後的に振り返ると合理的と解釈できるケースもある」ということだ。つまり、事前合理性を高めていくことが、必ずしもビジネスの成功やイノベーションの実現につながるわけではないということを示唆している。また裏を返せば、新技術や新規事業の開発に事前の合理性を求めすぎると、「思いがけないこと」は起こりにくくなるということでもある。
認識を変えれば行動が変わり、未来が変わる
「イノベーションとは、事前の不確実性を事後の合理性に変換するプロセスでもあります。そこには当然、誤謬や失敗がつきまとう。ただ、誤謬や失敗の定義は状況依存的なため、定義を変えれば、必ずしも避けるべきものとはなりません。見方を変えれば、失敗がまったくないことはすばらしいことではなく、自分の能力を超えた目標設定をしていない、挑戦をしていないとも言えるのです」
不確実性に耐える胆力や試行錯誤を許容できる態度と資本の蓄積、社会を動かす構想力などがイノベーション実現のカギとなることを、軽部氏は強調した。
「イノベーションの実現は課題から出発すべき」と軽部氏は指摘したが、では、どのようにして未解決の課題を見つけるのか。「未解決の課題に迫るには、丹念な観察が必要です。課題=困りごとは否定語に隠れていることが多い。不便、不満、不平、未達、非合理、無力などに注目するのも一つの方法です。その解決策は、『やすく』する努力に潜んでいます。値段を安くするだけでなく、取りやすくしたり、働きやすく、買いやすく、売りやすくしたりすることです」。
新規事業を創造するための施策として軽部氏は、経営者の育成、ベース構造(儲かる仕組み)と挑戦、切断力(止める勇気、捨てる決断)、経営技能の進化などを列挙したうえで、「経営者は外部への越境を志向すべき」と結論づけた。
変化は常に境界から生まれる。経営者は過去の成功体験にとらわれることなく、越境すべきだ。内部を変えるには外部をマネジメントする必要があるし、細部志向から大局を捉えることも大事だ。オープン・イノベーションと言われる通り、自力から他力へ。エクスクルージョン(排除)ではなく、インクルージョン(包摂)の論理で変革を進めていく。
「まずは認識を変えること。そうすれば考え方が変わり、行動が変わる。行動が変われば運命が変わり、未来が変わる。自身が立脚する認識と直面する現実を見直すことから始めてほしい」と結んだ。