海外生活で再認識した
日本の魅力
――飲食店にしてみれば、日本酒の専門的な知識がなくても銘柄リストが作成できるし、接客時の説明も不要なので、詳細情報を暗記する手間も省けるわけですね。アルバイトのホールスタッフも楽に対応できそうです。新型肺炎の混乱が終息すればインバウンドも持ち直し、飲食店等でのニーズも高まることでしょう。では、そもそもなぜこの事業を立ち上げたのか、その経緯を教えてください。
学生時代の海外経験が影響しているように思います。初めての海外は、中学2年の時に父と一緒に行ったモンゴル旅行でした。大地と空が360度広がる草原の中に建てられたゲルで過ごし、馬に乗ったりもしました。現地の人たちともたくさん交流できたおかげで、「おいしい」「きれい」「楽しい」という感情は言葉が通じなくても分かり合えることも知りました。
その後に交換留学も経験し、中学の時はニュージーランドへ、高校ではオーストラリアに行きました。最初の頃は異国の文化にばかりに目が行っていましたが、現地で友達が増えるごとに、日本の文化や製品の素晴らしさを実感する機会に恵まれました。例えば、当時持っていた日本のガラケーです。私が当たり前のように使っていたカメラやメール機能だけでなく、本体が二つ折りできることさえも友達は驚き、とても興奮していました。また、お好み焼きも好評でしたね。生地に必要な小麦粉や卵、具材のお肉や魚介類、ソースやマヨネーズも現地のもので作ったのですが、友達やホストファミリーは「おいしい、おいしい」と喜んで食べてくれました。そういう姿を見て、「日本には良いところがたくさんあるんだ」と再認識したのです。
――2008年、大阪大学4年生の時には、インターンとしてインドのメディア企業へ行かれたそうですね。その時に出会った現地の若き起業家と意気投合し、ソーシャルベンチャー(現SolarMaxx)を立ち上げたとか。電気が普及していない地域にソーラーシステムを届けるビジネスモデルで、社会を変えるサービスをゼロからつくりあげる醍醐味を味わったそうですね。ちょうど日本でも、社会起業がブームになっていた頃でした。
当初は、起業願望は全然なかったんです。何しろ当時のインドは都市部でも頻繁に停電が起こっていたので、その緊急策としてLEDランプにソーラーパネルを取り付けた簡単な照明をつくったのがきっかけでした。暗闇の中でトイレに行くのを怖がる子どもたちが大勢いると聞き、電線が通ってない地域にもソーラーパネルを普及させようとプロジェクトを進めました。この経験から、人々の生活をより良く変える会社をつくってみたいと、起業願望を持つようになりました。
――大学卒業後は外資系の製薬会社に入社、MRの職に就かれています。
インドでは、自分自身にビジネスの知識がまるでないことを痛感していました。当たって砕けろと、がむしゃらに突き進んでは砕けるという失敗の連続だったので、とにかくビジネスを勉強しなくてはいけないと。ですので入社した製薬会社で営業マンとしてのスキルを磨きつつ、社会人大学院にも通ってMBAを取得しました。その大学院で、のちに創業メンバーとなる仲間に出会えたのは幸運でしたね。
日本酒という
グローバルコンテンツの可能性
――やがて起業家の道を歩み始めた星野さんですが、多様な日本の食文化がある中で、なぜ「日本酒」に特化したのか。どのような思いやこだわりがあったのでしょうか。
実はサケロジーを立ち上げる前、民泊事業を主体とする「ななつぼし」という会社(現サケロジー)を2016年1月に立ち上げました。大阪市内に複数の民泊施設を持ち、1年で1000人以上の訪日外国人を迎えて、宿泊だけでなく、日本料理教室や書道教室などさまざまな体験サービスも提供しました。しかし同年6月に施行された民泊新法で競争が激化。スタートから1年足らずで事業撤退をする決断をしましたが、体験サービスを提供していたおかげで思わぬ気付きがありました。それは、「日本酒」が持つポテンシャル。日本酒がグローバルコンテンツになる、その可能性を強く感じたのです。
具体的には、私が外国人のお客さまと一緒にお好み焼き屋に行った時のことです。とりあえず日本のビールを勧めてみたところ、開口一番、「日本酒を飲んでみたい」と言われました。それまで私もほとんど口にしたことがなかった日本酒でしたが、お客さまと一緒に飲んでみて、意外にソースとマッチするんです。帰宅後、気になってその日本酒のことをインターネットで調べてみたところ、蔵元のホームページに行き着きました。すると日本酒の原料から造り方、味の特徴はもちろん、その土地の歴史や文化、商品に込めた職人さんたちの思いなどがたくさん書かれていて、日本酒ならではのおいしさ、奥深さに初めて気付いたのです。
SAKELOGY 代表取締役社長
1986年生まれ。大阪大学外国語学部卒業、グロービス経営大学院修士課程修了(MBA)。インドのベンチャー企業、外資系製薬会社を経て、2016年に民泊の運営事業を開始し、1年間で1000人の訪日外国人を迎えた。その過程でインバウンドにおける日本酒の可能性を感じ、民泊事業から転換。2017年に日本酒情報サービスSAKELOGYをスタート。現在は大阪/東京/石川の3拠点を中心に全国を飛び回りながら、サービス拡張を進めている。
特に外国人にとって、日本酒は珍しさや面白さという点でずば抜けていると感じました。海外には「温めて飲むお酒」というものがほとんどありません。だからまず冷酒で楽しんでもらい、次に同じお酒を熱燗にして出してもらうと、みんなとても驚きます。そこで日本酒の歴史や地域文化、酒蔵にまつわるエピソードなどを紹介すると、どんどん身を乗り出してきて、「この蔵のお酒をもっと飲みたい」とお土産に買って帰る人もいる。日本酒っていまだに人の手で造られることが多い分、やはり物語があるんですよね。選び方やストーリーをしっかり伝えればファンはもっと増えるに違いない、そう直感しました。
そのためにも、本当に必要な情報を整理してエンドユーザーにしっかり伝える必要があります。冒頭で「飲食店のメニューには商品名と値段くらいしか載っていない」とお話ししましたが、実際「商品は流通しても、商品情報は流通しない」のが業界の現実です。大抵は、蔵元から問屋に商品が卸されたタイミングで大切な情報がすぽっとなくなってしまうんです。