だが、多少の誤差を勘案しても、死者数はニューヨーク市民500人に1人の割合に相当する。コロナ患者500人に対し1人ではなく、全市民500人に対し1人だ。よく考えて欲しい。これは、平均的な高校で複数の両親か祖父母、職場で同僚が1~2人死亡する可能性があるということだ。
これは単に他の米主要都市の数倍の水準に上るだけでなく、比較可能な世界の主要都市と比べてもはるかに多い。同程度の人口を抱えるロンドンのコロナ死者数は4000人余りで、ニューヨークの約3分の1にとどまる。
もしニューヨーク市が存在していなかったとしたら、米国のコロナ感染による死者総数は、米国民7000人におよそ1人の割合になるはずだ。これは毎年やって来る平均的なインフルエンザ致死率にほぼ匹敵する。コロナ危機の政策対応に批判的な向きはこう指摘している。米国に限れば、ニューヨークだけが「このパンデミック(世界的大流行)をパンデミックにしている」と言えるかもしれない。
この先、状況が変わる可能性はある。また、各地の総死者数はおそらく、「ソーシャルディスタンス(対人距離の確保)」措置により抑えられているだろう。だが、いずれにしても、ニューヨークの状況は(悲惨にも)特異だ。
ニューヨーク州や市の当局者は心を深く痛めている。また、これは神の行為のようなものであり、主に人口密度の高さといったニューヨークの特徴によって増幅された不可避の悲劇だと唱える人もいる。そうした面が大きいことは明らかだ。だが、これですべて説明がつくこともないだろう。人口密度の高さだけでは、ニューヨークの死亡率が他の都市を上回っている要因にはならないようだ。ニューヨークの人口密度はロンドンの2倍だが、死者数は3倍で、サンフランシスコやロサンゼルスなどと比べると、その差はさらに開く。



