個人と企業のチャレンジがうまく結び付くことで変革は大きく進む

今井 佐藤さんは、日本の通信会社に在籍していたときに、欧州に10年近く駐在して買収した複数の企業のPMI(合併・買収後の統合プロセス)などに携わっていますが、日本を外から見た経験から、高岡さんのお話をどう受け止めましたか。

佐藤 ネスレ日本で早くからテレワークを推進されていたことに驚きました。私が欧州に駐在していたとき、マネジメントチームはドイツにもイタリアやスペインにもいましたので、リモートでコミュニケーションするのが当たり前で、そのための環境やルールが整っていました。

 一方で、日本の本社はそうした環境やルールが未整備だったため、そのギャップに苦労したのを覚えています。もちろん、日本の本社でも海外のグループ会社とのコミュニケーションを活発化するためにリモート環境を整備する必要性は認識していたのですが、いろいろな事情があって進んでいませんでした。

 日本ではそうした企業が多かったと思いますが、そういう点では新型コロナウイルスがもたらした危機が、変革の大きな機会になっていることは間違いないと思います。

今井 日本ではホワイトカラーの定義が漠然としていて、ジョブディスクリプションも明確になっていませんが、欧州ではどうですか。

モデレーターを務めたRidgelinez社長の今井俊哉氏

佐藤 例えば、ドイツでは「ストラクチャー」といいますが、組織の目的や自分自身の役割が明確になっていないと働けないと多くの人が考えています。日本のようにあうんの呼吸は通じません。

 それはドイツの教育制度とも深く関係していて、日本でいうと小学校4年生を終えた段階で、自分がどういうキャリアパスを歩んでいくのかを見据えて中等教育学校を決めるプロセスがあります。極めて早い段階から職業意識を持ち、自分は何のプロフェッショナルになるのかを考えるわけです。

 中等教育段階では、大学進学者向けの「ギムナジウム」、エンジニアや銀行員などの職能を身に付ける「レアルシューレ」(実科学校)、職人を目指す「ハウプトシューレ」という3つのコースのいずれかに進むのが一般的です。

 こうした制度があるので、ドイツの人たちは職業意識、プロフェッショナル意識が高いし、雇用する側も専門性で人を選びます。それが、ジョブディスクリプションと結び付いています。

今井 高岡さんは冒頭に、イノベーションや変革の本質的な意味を理解して、それを組織全体で共有する必要があるとおっしゃいましたが、私たちRidgelinezでも同じように考えています。変革の必然性が共有されていないとみんなが本気になって変革を起こすことはできません。

 新型コロナがもたらした危機は、高岡さんの言葉を借りれば「新しい現実」ですが、佐藤さんが言ったように変革の大きなきっかけになると思いますか。

高岡 コロナ禍をきっかけに変革できるかどうかというより、変革しないと企業としては終わってしまう。それぐらい深刻だと思います。

 ネスレ日本で働き方改革を進めたのも、このままでは終わってしまうという危機感があったからです。ホワイトカラーエグゼンプションにしても、法的な制限があって日本では導入できないという議論がありますが、私たちは弁護士と一緒に制度を精査した上で、法的に問題のない独自の仕組みを考えました。もちろん、労働組合とも何度も話し合いをしました。

 つまり、本質や必然性を理解し、組織で共有できていれば、変革は実行できるのです。何かを変えようとすれば新たな問題は出てきますが、それにどう対応するかを考えればいい。変われない言い訳を並べている限り、組織はいつまでたっても変わりません。

今井 高岡さんのその発想をIT業界の言葉でいうと、仮説検証のサイクルを高速で回すアジャイル開発ですね。まずやってみて、何か問題があったら、次の仮説検証サイクルを回す。

佐藤 変わらなきゃいけないという認識は非常に高まっていますが、日本企業では正解を探そうという傾向が非常に強い。何か正解があるのではないかと思って、他社の事例を熱心に探したり、勉強したりする企業が多いのですが、自社と他社では置かれている条件や組織文化、働いている社員など全てが違います。

Ridgelinezプリンシパルの佐藤浩之氏

 たった1つの正解なんてないということを認識して、まずは何か新しいことを始めてみる、変革にチャレンジしてみるという姿勢が大切です。

 それは組織だけでなく、そこで働く個人も同じことで、自分自身を再教育し、プロフェッショナルとしての専門性を高めていく、そうやって常に自己変革していかないと世の中の変化から取り残されてしまう。特にコロナ禍のような危機が起きたときには、自己変革し続けている人とそうでない人の違いが大きく表れます。

 個人のチャレンジと企業のチャレンジがうまく結び付くことによって、日本の企業と社会の変革が大きく進むと思います。

今井 変革は経営トップが1人でやるものではありません。組織のみんながフラットにコミュニケーションしながら、一人一人が変革に貢献できる仕組みと姿勢をつくり上げていくことが、経営者の重要な仕事です。