2020年は日本企業の「DX元年」だった~日本企業が成長できるDXとは?~

【イベントリポート】激動の2020年がヒントになる ~いまこそ“真のDX加速”~

危機の後には新たなチャンスがやって来る

 さらに伊藤教授は、「過去の経済の事例を比べてみると、危機が起きた後は社会が大きく変わっていく。そこから新たなチャンスが生まれてくる可能性がある」と語り、日本企業が成長するチャンスもあると指摘した。

 しかし日本経済はかなり長い間「低成長」「低インフレ」「低金利」という「3低」、そして「デフレ」の状態に陥っている。日本政府は、異例の規模で金融緩和や財政支出を実施して、デフレの進行を食い止めているが、経済成長は遠い。日本は成長の限界を迎えているのではないかという声も高まっている。現状を見ると、伊藤教授が指摘する”新たなチャンスの可能性”は夢物語のようにも見えてくる。

 この問題について伊藤教授は「需要と供給の2つの面から見る必要がある」と語る。デフレ下で需要が弱いというのは事実だが、供給の面から見るとまた違う事実がある。供給を増加させるには、労働力の増加、資本ストックの増加、生産性の伸長のいずれかが必要だ。しかし人口が減少する日本で、労働力の増加は期待しにくい。一方で、資本ストックの増加については、政府が着手しようとしている、地球温暖化ガスの排出抑制への大胆な投資がチャンスになるかもしれない。再生可能エネルギーや、電気自動車への投資などによって資本ストックを増やせるのではないか、と分析する。

 そして日本企業にとって最も期待できるのが(労働)生産性の伸長だという。過去10年以上、なぜ日本は生産性が上がっていかないのだろうか、と再三再四いわれてきた。裏返すと、みんなその重要性に気付いていたということだ。

 生産性の伸長によって、日本経済を供給サイドから元気にするには、「今、最も激しく動いている変化をテコに使うしかない」(伊藤教授)。それは、デジタル技術、そしてデジタル技術を駆使して企業としてのあり方、稼ぎ方も根底から考え直して新しい道を作る……つまり、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」だ。

GAFAと同じようにやる必要はない

 ところが、デジタル技術の面でも、日本はアメリカや中国などに比べると2周遅れ、3周遅れというのが現状だ。

 伊藤教授は「今から日本企業がGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と同じことをやって追い付こうとしても難しいのではないだろうか」と問いかける。GAFAは、SNSや、検索エンジン、メールなど、インターネットを飛び交うデータを分析、処理する技術の開発をどんどん進めてきた。伊藤教授はGAFAが扱うデータを「バーチャルデータ」と呼んだ。

 そして、「リアルデータ」にこそ日本企業にとってのチャンスがあると語る。リアルデータとは例えば医療の世界でいうならカルテや処方箋、健康診断、レセプト(医療報酬の明細書)、などのデータ。現実を記録したデータといえるだろう。

 健康診断、検査、診療などのデータを大量に集め、AIなどで分析し、新しい診療の手法や、医療用ロボット、検査などに活用する。そして、そこで得たさらに大量のデータを集めて分析し、活用する。このサイクルが回ることで、生産性が上がっていく。そして伊藤教授は工場の運用や、在庫管理、物流など、さまざまな分野で、このサイクルを作れると強調する。

 このような話は何年も前からあった話だと前置きし、日本企業がなかなか動こうとしなかった理由を以下のように解説した。「デジタル革新はイノベーションそのもの。つまり創造的な破壊につながることが多い。イノベーションで社会が本当に変わるとすると、過去のものを破壊して新しいものを創造するぐらいのことになる。しかし、日本企業の経営層は、今まで自分たちがやってきたものを破壊してまで、あるいは破壊されてまで次のステップに行くというのは難しいと感じていた」。

日本にはすでにDXの成功例がある

 しかし、今回のCOVID-19の感染拡大に伴う危機によって、日本企業もそうは言っていられなくなってきた。COVID-19が収束しても、以前のような働き方や生活様式に完全には戻らない可能性が高いからだ。伊藤教授は、DXに挑む日本企業としてブリヂストンとコマツの成功例を紹介した。

 ブリヂストンは一般の自動車用のタイヤを製造販売しているが、中国や韓国から流れ込んでくる安い製品に苦戦していた。一方でブリヂストンは、鉱山を走る車両で使うタイヤや、旅客機のランディングギアを支えるタイヤなど、業務専用の特殊タイヤも手掛けている。ブリヂストンは近年、この分野に注力しており、鉱山で使うタイヤには価格にして5万円程度のセンサーを仕込んでいるという。センサーがリアルタイムにタイヤの状況を検知・発信するわけだ。この情報を鉱山、機械メーカー、タイヤメーカーで共有し、品質維持やメンテナンスに使う。こうすることで付加価値を付けることができ、価格競争と無縁でいられるという。

 コマツは、自社の建設機械を買ってくれる人がどんなことに困っているのかを考え調査した。結果、複雑で高度な建設機械を操作するスキルを持つ人材がどんどん減少しているということであった。そこでコマツは建設機械にGPSやセンサーを仕込み、機械の位置やエンジンの稼働、燃料の残量、稼働時間、故障状況などといった建設機械の情報を遠隔管理したり、建設機械を遠隔制御したりできるシステムを開発し、建設機械の稼働率を上げることに成功した。どちらも現実を記録した「リアルデータ」を活用して、自社製品に付加価値を付けた例といえる。

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