DXの重要性が声高に叫ばれ、中でもソフトウエア開発は企業の戦略実現のためのキーストーンに位置づけられる。その際、何より優先されるのが開発のスピードであり、その名の通り、「アジャイル(俊敏な)開発」という手法が急速に普及している。ただし、少人数のチームが主体となるため、大規模開発には向かないとされてきた。真相はどうなのか。世界的経営学者の野中郁次郎氏とTDCソフト執行役員の上條英樹氏が対話を繰り広げた。
上條:ご存知のように、世界のソフトウエア開発の現場では、1~2週間という短い期間を設定し、テストと実装を並行させながら完成させていく「アジャイル(俊敏な)開発」という手法が主流になっています(図表1)。
アジャイル開発は1990年代に米国で考案され、2000年代に入り日本でも徐々に広まってきましたが、規模の大きな開発においては普及がなかなか進みませんでした。
その状況を変えるため、私たちは2017年に産業技術大学院大学と共同研究を行いました。それが私たちとアジャイル開発の最初の接点でした。
ところで、野中先生はアジャイル開発の一つ、スクラムの「産みの親」ともいわれています。
野中:2011年に、ソフトウエア開発者向けのカンファレンスがあるから、登壇してくれないか、という依頼があったのです。
私はパソコンもスマートフォンも使わないアナログ人間で、ソフトウエアの技術には詳しくありません。断ろうと思ったのですが、話を聞いていくうち、思いがけない事実を知らされました。
私が竹内弘高・現ハーバード・ビジネス・スクール教授と執筆し、1986年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』本誌に掲載された、当時の日本企業の新製品開発手法に関する英語の論文が、そのスクラムを生む大きなヒントになったというのです。その中で、専門組織をまたいで集まった面々が一体となって製品開発に従事していることに着目しました。フォワードが肩を組み合うラグビーのスクラムに似ているので、そう名付けたのです。
我々の研究対象は製造業、つまりハードウエアの開発手法でしたが、それがソフトウエアの新たな開発手法として、論文発表から四半世紀後、米国から日本にブーメランのように帰ってきたわけです。