リアル店舗とネット通販(ECサイト)を連携させて、顧客により高い利便性を提供するオムニチャネル戦略を加速させる小売企業が急増している。同人誌の流通・販売を手掛ける「とらのあな」を運営するユメノソラホールディングスもその一社。事業構造改革の一環として、ECやネット関連事業に積極的な投資を行う一方で、リアル店舗の統合や出店形態の変更に踏み切った。オタク層に支持されてきた「とらのあな」は、どこを目指しているのか。ユメノソラホールディングスの吉田博高代表取締役に話を聞いた。
虎の穴 代表取締役会長/ユメノソラホールディングス 代表取締役
1970年、東京都生まれ。法政大学キャリアデザイン学部卒業。94年6月、虎の穴を秋葉原で創業。マンガ、同人誌、キャラクターグッズなどの販売・流通事業の他、マンガの企画、編集、キャラクターグッズ制作も手掛けている。2013年10月のホールディングス化に伴い、ユメノソラホールディングス代表取締役に就任。現在はマンガ作家など約1万人のインディーズ・クリエイターをネットワークし、世界を視野に、日本が誇るマンガ文化の地位向上に力を注いでいる。
「とらのあな」は、同人誌、マンガ、雑誌、DVD、アニメグッズなどの流通・販売を手掛ける専門ショップ。同人アイテムの取扱量は世界トッププレベル、年間売り上げ約200億円を誇る。その「とらのあな」に“変革”が起きている。
コロナ禍によって55万人を集客するコミックマーケットのような大イベントが開催できなくなることによって、「多くのファンが同人誌を渇望し、購買需要の高い中、発表の場がないために一部の作家(クリエイター)さまの同人誌を出版するモチベーションが下がっている」とユメノソラホールディングスの吉田博高代表取締役は心配する。
同人即売会の開催規模が縮小され、出版機会が減少したことで、2019年度までは850億円を超えていた市場規模が20年度は720億円まで縮小(※矢野経済研究所調べ)、21年度はさらに厳しい状況が予想されている。
だが、ユメノソラホールディングスが苦境に立たされているわけではない。店舗の売り上げが下がった分をオンライン事業の成長がカバーしているからだ。過去1年間のオンライン事業の流通総額は200億円を突破したという。
コロナ禍に対しEC化をさらに加速
同社のECへの取り組みは古い。同社が、イベント開催時期以外は押し入れで眠っていた同人誌を広く流通させたいとの思いで秋葉原に「とらのあな」1号店を開店したのは1994年6月。その2年後の96年7月には通信販売部を設立し、通販カタログ「虎通」を創刊している。当時はインターネットの黎明期だった。
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インターネットの普及とともに、ECは少しずつ売上高を伸ばしていき、「10年くらいには店舗とECの比率が5対5でバランスしました」(吉田代表取締役)。近年のECの売り上げを見ると、徐々に通販事業が拡大する中、コロナ禍によってそのスピードが加速したことがはっきり分かる。今期だと、店舗事業と比較した通販事業の売上比率が8割に達する見込みだという。
顧客の購買形態の変遷に合わせてECにリソースの軸足を移していたことに加え、同社がデジタル体験充実のための開発投資を積極的にしていたこと、流通のIoT化による省力化を進めていること、同人誌市場の6割以上を占めると想定される女性向けのサービス拡充を図るなどの戦略を取ることで、コロナ禍において多くの小売業が苦戦する中、堅調に業績を伸ばすことができ、その結果20年5月~21年4月までの売上総額は200億円に達した。
一方で、「購入者数は増加していますが、同人誌の納品数は減っています。需要の高い熱量に対して、供給が追い付いていないのです。それほど同人イベントの重要性が明確に分かります。クリエイターの皆さまには『同人イベントは中止や延期などになっていますが、多くのファンが変わらずに皆さまの創作を渇望している。ファンは皆さまの発信を待ちわびているんだ』という事実をお伝えしたいです」(ユメノソラホールディングス・鮎澤慎二郎取締役)。