日本製鉄とトヨタ自動車が争うのも知財なら、アップルの時価総額を倍増させているのも知財──。知的財産(知財)は守るべき財であるのと同時に、攻めるための武器でもある。投資家による企業評価でも知財戦略が重視される今、経営者や知財担当者には何が求められているのか。
2021年6月、上場企業に求められる企業統治の原則であるコーポレートガバナンス・コードを、東京証券取引所が改訂した。SDGs達成への取り組みや人権への配慮、経営トップの後継者計画の策定、人的資本政策の策定などを進め、開示することを求めるものだが、もう一つ、取締役会が監督し、また、適切に開示すべき対象に追加された項目がある。「知的財産への投資」だ。
改訂コーポレートガバナンス・コードは、図表1にある原則を新たに掲げた。
東証が企業統治指針に
知財を盛り込んだ理由
上場企業が従うべきコーポレートガバナンス・コードに、東証はなぜ今、知的財産を盛り込んだのか。正林国際特許商標事務所の所長で弁理士の正林真之氏は次のように解説する。
「米アップルの時価総額は今や280兆円に達しており、日本の21年度国家予算(一般会計歳出)である106兆円の2倍を優に超えています。しかし、米国の代表的な株価指数であるS&P500の構成銘柄のPER(株価収益率。時価総額が当期利益の何倍かを示す指標)は20倍で、20年の利益が7兆円だったアップルにこの数字を適用すると、時価総額は140兆円にしかなりません。にもかかわらず、アップルの企業価値はなぜその2倍にも膨らんでいるのか。その答えは知財です」
特許や商標といった狭義の知財に加え、イメージや評判といった広義の知財まで含めたアップルの知的財産が、それだけ高く投資家から評価されているというのだ。だが、多くの日本企業は、ソニーなど一部の例外を除き、これまで知財を十分にアピールし、活用してきたとは言い難い。
東証は今回、企業価値の評価において知財の価値がますます重視されるようになっている現実を受けて、コーポレートガバナンス・コードに知財への取り組みを組み入れた。知財投資に注力し、その戦略や現状を積極的に開示せよという指針の奥には、「知財の重要性を再認識せよ。知財分野で『攻め』に転じよ」とのメッセージが込められていると、正林所長はみる。