日本では働き方改革や健康経営が政府の旗振りで推進されてきたが、民間主導である欧米に比べるとまだ遅れている部分も多い。なぜ、社員の健康・幸せが事業成長につながるのか、そして企業が健康経営や社員の幸福を実現するステップとは。
早くから社員の幸福について科学的な研究を重ねてきた慶應義塾大学教授・前野隆司氏と、健康管理システム「Carely(ケアリィ)」を開発・提供するiCARE代表取締役CEO・山田洋太氏が、健康経営と幸福経営をテーマに語り合った。
「テクノロジー×人」で予防医療のイノベーションを
iCARE 代表取締役CEO
産業医・労働衛生コンサルタント PHR普及推進協議会会員
金沢大学医学部卒業後、2008年久米島で離島医療に従事。顕在化された病気を診るだけでなく、その人の生活を理解しないと健康は創れないことを知り、経営を志す。慶應義塾大学MBA修了。在学中の11年にiCAREを創業。同時に経営企画室室長として病院再建に携わり、病院の黒字化に成功。17年厚生労働省の検討会にて産業医の立場から提言。18年より同省委員として従事。
―――山田洋太社長は、医師と産業医の資格の他にMBA(経営学修士)の学位を持ち、起業されています。ビジネスパーソンの予防医学事業を推進、現在は「Carely」というサービスを展開していますが、そもそも起業に至ったきっかけは何でしょうか。
山田 私は医学部卒業後、沖縄本島と久米島で離島医療に携わりました。そこで病院経営の問題に突き当たり、それがきっかけでMBAを取得したんです。またその同じ時期に心療内科に勤務したのですが、うつ病や不眠など、メンタルを病んでしまうビジネスパーソンがいかに多いかを知り、がくぜんとしました。
それで働く人の健康を根本からケアできる仕組みがないかと産業医の資格を取ったのですが、企業での健康づくりは産業医の人力だけでは解消できません。健康管理についてやらなければならないことは多いのに健康データが一元化されていない、せっかくの健康情報が活用されていないなど課題も山積みでした。
それらの課題を解決するために立ち上げたのが、iCAREという会社です。今は人事や労務と一緒に、アナログ作業を減らして効率を上げ、健康管理にかかるコスト削減、健康増進、組織づくりなどをテクノロジーの力を使って解決を図る「Carely」という健康管理システムを展開しています。
日本企業の健康への意識の高まり
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科教授
1984年東京工業大学卒業、86年同大学院修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て2008年より現職。博士(工学)。『幸せな職場の経営学』(19年)、『幸福学×経営学』(18年)、『幸せのメカニズム』(14年)など著書多数。専門はシステムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。
山田 近年、日本企業の健康に対する意識は変わりました。働き方改革、政府の健康経営推進、SDGs(持続可能な開発目標)の盛り上がり、それにコロナ禍もあり、社会全体で健康経営への捉え方が変わってきています。
日本は欧米に比べだいぶ遅れていますが、企業はもはや従業員一人一人を尊重しなければ、事業成長できません。これまでは企業が主体で、健康診断やストレスチェックなど、法律だからやる、法令順守の観点でした。
これからは個々の従業員の倫理観や価値観をどれだけ尊重できるか、一律の福利厚生でなく、個々の従業員にとっての健康維持などを、いかに支援できるかが問われています。それが「健康経営」であり「幸福経営」です。
前野隆司先生は幸福経営をだいぶ前から研究されていますが、最近は風向きが変わってきたのではないでしょうか。
前野 はい。10年ほど前は、幸福経営という言葉自体が怪しいと言われることもあったのですが、今は講演や研修が増え、月に30回も幸福経営の講演を頼まれることもあります。
山田 それは、先生のご健康が心配ですね(笑)。私も11年前に起業したときは、健康経営、つまり従業員への健康投資が事業成長の要因であることがなかなか理解されませんでしたが、今は時代が変化しつつあるのを肌で感じます。
前野 幸せの研究というのは「心の健康の予防医学のようなもの」です。もともと私はロボット分野で、ロボットの心をどう作るかの研究をしていました。そこが出発点で「心、元気、やりがい」、そして「幸せ」について研究していたら、いつの間にか世の中のニーズとつながったと感じます。