今野 今回の大きな変化に対して、我々も物流の面から調査を行いました。かつてない混乱が起きているという点はもちろんですが、グローバルに見ると、ロシアのウクライナ侵攻よりパンデミックのほうが影響は甚大だという印象です。ウクライナ侵攻は2022年に入ってからのことですし、物流に関するインパクトもパンデミックに比べて局所的です。

 地域的に見ていくと、米国は先ほど触れたように港が閉まって滞荷が発生、米西海岸を中心に労使交渉がかなり長引いています。荷物が滞留して港湾費用がかさみ、内陸への輸送にも時間がかかっています。在庫を置いておくにも倉庫代を誰が負担するのかといった問題も発生しています。

不確実な環境を柔軟な適応力で生き抜く 成長の源泉はサプライチェーンにあり今野 勉 氏
日立物流 IT戦略本部 デジタルビジネス推進部 部長

1987年日立物流ソフトウェア入社。日立物流ソフトウェア子会社である米Sunrise Logistics Solutions 代表取締役社長、日本アイ・ビー・エムを経て、2022年より日立物流IT戦略本部デジタルビジネス推進部長を務めながら、日立物流ソフトウェア営業開発本部長を兼任。家電業界の在庫最適化などのプロジェクトをリードした。

 中国では、上海のロックダウンが大きな影響をもたらしました。陸運の稼働が低下して航空便に貨物が集中、減便などもあり輸送スペースの争奪戦が起きました。

 欧州は地理的な理由から、ウクライナ侵攻の影響をより色濃く受けています。港湾では1週間、2週間という慢性的な作業の遅延が発生しています。ただ、そんな中でもCO2削減の取り組みには以前にも増して積極的なのが印象的です。

 こうした運べないリスク、届けられないリスクに対して、全方位的に対応するのは困難です。ただ、少しでも荷主の負担を減らすため、我々はデジタルをフル活用してサポートできないかと調査を通じて痛感しているところです。

 我々日立物流グループは、ビジネスコンセプトとして「LOGISTEED(ロジスティード)」を掲げ、物流の新領域を切り拓こうとしています。これは言い換えれば、サプライチェーンの最適化に貢献することにほかなりません。我々は製造業などの物流機能を受託する3PL事業者として、お客様の在庫をお預かりする立場です。今回のような大きな脅威にさらされてわかるように、もはやロジスティクスは重要な経営課題の一つです。それを我々は世界に張りめぐらせた物流の現場から、定点観測や傾向分析を通して、お客様の日々のオペレーションに役立てていただく。これをデジタルの活用で実現しようとしています。

山中 欧米は、投下資本利益やキャッシュフローを基準にサプライチェーンにおいても迅速な意思決定をしている一方で、日系企業は、納期遵守率や在庫回転率などのオペレーショナルな指標が重要視されているように見えます。そうした現状に対して我々はまず、現場改善の前にマネジメントに対して戦略と戦術、日々のオペレーションを見直す提案を行いたいと考えています。

 これからも、グローバルサプライチェーンが寸断されるリスクは増える一方です。さまざまな地政学リスク、もしくはCO2排出規制の厳格化をはじめとしたESG関連のアジェンダなど、新たなリスク要素も出てきています。先が見えない環境下で、サプライチェーン上の「買う」「つくる」「運ぶ」「届ける」を確実に行うには、リスクを可視化し、有事に備えたバックアッププランを保持することが重要になります。今回のような事態に立ち至った時、取るべき戦略はあらかじめ講じておかなければなりませんが、バックアップの検討には膨大な変数を考慮する必要があります。

不確実な環境を柔軟な適応力で生き抜く 成長の源泉はサプライチェーンにあり山中義史氏
アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル デジタルプロセスビジネスユニット SCMセクター長

2001年アビームコンサルティングに入社。サプライチェーン全般の戦略策定、サプライチェーン改革プロジェクト、基幹刷新プロジェクトを歴任。現在はDigital Processビジネスユニット、SCMセクター長を務める。2018年農水省食品産業戦略会議専門委員、2017年名古屋大学招聘講師、2018年一橋大学非常勤講師など産学連携も推進。

 そこで、いま我々が構想しサービス化しているのは、そうした複雑で多様なファクターを含め、自社のサプライチェーンをクラウド上に載せ、デジタルツインを構築するというものです。この仮想空間上に存在する「もう一つのサプライチェーン」を使ってあらゆる条件を組み合わせたシミュレーションを行い、コストやサービスレベルを評価したバックアッププランを用意しておくものです。つまり、不確実性の大きな環境下で明暗を分けるのは、サプライチェーンをリデザイン(再設計)する能力を自社で有しているかにかかっています。

今野 山中さんがおっしゃった計画は、実行に膨大なデータが必要であり、これまでの認識ではとても実現不可能なものでした。ただ、テクノロジーの進化でそれが可能になれば、大きな力になると感じます。

山中 たしかに急速なテクノロジーの進化で、シミュレーションし最適化できることは格段に増えました。ただ、テクノロジーはツールにすぎません。大切なのは現場の知見とデータです。実態を反映したデータと、弾き出された結果が正しいかどうかを評価する力がなければ意味がありません。