「60歳が20歳に若返る」は盛り過ぎ

 宇都教授によると、NMNによる“若返り”の中でも、国や研究機関の期待が大きいのは「筋力や脳に関する機能性向上」であるという。特に、脳の記憶や認知機能の向上については「一定量を摂取すると、“個人的な体験”にすぎないものの、効果を実感する人が多いこともあり、多くの研究者が注目し、盛んに研究が進められている」という。

 その理由は明白。超高齢社会の日本では、世間の関心が高いのは、いかに健康寿命を延ばすか、いかに寝たきりや要介護の状態にならないかということだからだ。加齢による筋肉量や筋力の低下、脳の認知機能の低下を防止できれば、増え続ける要介護者の抑制が期待できる。

 もっとも、こうした世間の大きな期待に対し、宇都教授はNMN研究の課題について慎重に話す。

徳島大学大学院社会産業理工学研究部
宇都義浩(うと・よしひろ) 教授
九州工業大学情報工学部卒業後、同大学院情報工学研究科修了。博士(情報工学)。分析化学、有機化学、メディシナルケミストリーの研究に従事し、がんのサバイバル戦略を標的とした多機能性放射線増感剤やがんや自己免疫疾患に対する免疫賦活剤の研究開発なども行っている。

「例えば、シンクレア教授はマウスを用いた研究で、人間でいうと60歳相当が20歳相当になったぐらいの若返りを確認したと報告していますが、それはあくまでもマウスによる実験の話です。それだけの若返りというのは人間ではまだ証明された研究はありません」

 加えて、「マウスに対するNMN投与で見られたような劇的な変化を人間で起こすには、実際にどのくらいの量を摂取したら良いのか、分かっていないのが実情です」と指摘する。

 つまり、人間への“最適な量”が十分には解明されていないのだ。

 現在、市販のサプリメントの説明書には、1日当たりの目安量が書かれており、クリニックなどの医療機関で行われるNMN点滴も医師が投与量を決めている。しかし、これらは十分な安全性を意識した目安にすぎない。

 先述したように、そもそもNMNは体内で生成される物質で、加齢で減少するエネルギー物質(NAD)の前駆体。このため理論上は、加齢などで不足した分を補えば良いということになる。一方、体内で不足していない状態ではあまり効果が期待できない可能性が高い。

 実際、宇都教授は「NMNは正常の細胞などに投与しても反応が出ません。一定の条件下で、“老化や飢餓した状態”にした細胞や老化マウスを使った実験でないと、効果的なデータが出ない」と説明する。

「NMNが不足している人であれば、おそらく補った分だけの効果は出てくるでしょう。しかしながら、20~30代の若くて健康な人では、特に補う必要はないと思います。必要なのはやはり40~60代の働き盛りながらも体に不調が出てくる世代。もしくは若い人でもそういうエネルギーが足りていない人だと思います」

 ちなみに、現在のNMNは、いわゆる健康食品の扱いとなる。健康食品については、法律上、医薬品と誤認されるような効能効果は表示できない。用法用量についても、あくまでも食品としての摂取の目安量は示すことができるが、医薬品と誤解されるような摂取時期や量、方法などを決めることはできない。

 宇都教授は、こうした法律の問題や制度の事情を踏まえながらも、次のように指摘する。

「確かに、NMNは医薬品のような効能効果や用法用量の表示はできません。しかし、医学的・科学的なデータのサポートが必要な物質だと思います。研究者側や企業側は消費者に自己判断してもらえるように、指針となるような適切なエビデンス(科学的根拠)やデータなどを情報発信することは重要です。現在の市場に出ている製品はとても高額ですし、そうでなければ、NMNの活用は迷走してしまうでしょう」

 現在、宇都教授は老化マウスを用いた筋力や血液データによる“若返り”機能の他、人への投与量の最適化などを研究しているという。

 NMNの研究はまだまだ発展途上。これからのさまざまな事実解明に期待したいところだ。

 続いて、ノルデステの阿部朋孝社長へのインタビューを紹介しよう。