海底ケーブルに人工衛星、通信インフラ、セキュリティ……。「社会価値創造型企業」として、ありとあらゆるデジタル技術を駆使し、暮らし、社会、環境を支えるサービスを展開してきた日本電気(NEC)。同社では今、「デザイン」を起点とした価値創造についてさまざまな試みが始まっている。
2020年からデザイン組織をリードし、23年4月にNEC初のチーフデザインオフィサーに就任する勝沼潤氏と、デザイン経営研究の第一人者である一橋大学大学院の鷲田祐一氏が、NECのデザイン組織の取り組みを振り返りながら、経営にもたらすデザインの価値について語り合う。
デザインが求められる理由とは
鷲田 経営戦略の中枢にデザインを組み込み、ブランド価値とイノベーションを生み出す──という「デザイン経営」がいよいよ日本にも本格的に広がりつつあります。その背景として注目すべきことが、地政学的なリスクの高まりや、エネルギー価格高騰といった社会の不安定化です。ポーズではなく本気で社会課題に取り組まなくてはならない、という経営者の危機感が高まり、SDGs経営を支えるという文脈でデザイン経営が注目されるようになっています。
一橋大学大学院経営管理研究科教授 一橋大学卒業後、博報堂入社。マーケティングプランナーとなる。同社生活総合研究所、研究開発局、イノベーション・ラボにおいて、消費者研究、技術普及研究に従事。2003~04年、マサチューセッツ工科大学メディア比較学科へ研究留学。08年、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。11年、一橋大学大学院商学研究科准教授、15年、同教授。18年より現職。20年より一橋大学データ・デザイン研究センター長を兼務。主な著書に『デザインがイノベーションを伝える』(有斐閣、2014年)、『イノベーションの誤解』(日本経済新聞出版社、2015年)、『デザイン経営』(有斐閣、2021年)などがある。
勝沼 NECでも、技術力という強みを生かして社会課題を解決するために、デザインが力になれるのではないかと感じています。デザイナーは社会の変化を感じ取り、人類の未来、地球の未来に思いをはせながら、製品やサービスを常に生活者目線で生み出そうとします。こうした姿勢が、社会課題が複雑化した中で価値ある解を見つけやすくするのではないでしょうか。
鷲田 SDGsに対する関心度を職種別に調査したところ、社内デザイナーは一般的なビジネスパーソンに比べると、突出して多方面に感度が高いという結果が出ています。さらに私は、技術を社会に橋渡しする役割としての社内デザイナーの特性に注目しています。1990年代までなら、優れた技術を前面に打ち出すだけでユーザーが付いてきてくれましたが、2000年以降、技術はマジョリティにとって、「分からないもの」になっています。特に日本のような高齢化社会では、高齢層がどんどん技術に付いていけなくなる一方で、若者はそれなしでは生きられなくなっていく。こうした分断は技術力だけでは埋められません。
勝沼 おっしゃる通り、デジタルネイティブは技術を使いこなすことをむしろ楽しみますが、そうでない人には、技術の存在を感じさせずに恩恵だけを受けてもらうような工夫が必要です。
多摩美術大学卒業。株式会社NECデザイン、ソニー株式会社クリエイティブセンター、自身のクリエイティブスタジオにて、プロダクトデザインを中心にコミュニケーション、ブランディングなど幅広い領域のデザイン活動を国内外で行う。グッドデザイン賞/iF design/reddot design/German Design Awardなどデザイン賞受賞多数。また国内外でデザイン賞審査員も務める。2020年NEC入社。コーポレートデザイン本部長を経て22年度よりコーポレートエグゼクティブ、23年度よりチーフデザインオフィサー。
もう一つ、社会課題の解決には、技術の使い方だけではなく、技術を使って未来をどのような方向に進めるべきかを考えることが求められます。NECグループには国際社会経済研究所(IISE)という独立したシンクタンクがあるのですが、そこでは、技術、社会課題、ルール作りなどさまざまな知見を持った人々をつなげて、地球規模の課題を解決する具体的な道筋を提示すべく議論を進めています。
鷲田 こうした専門家たちが集まる場では、デザイナーの「つなぐ力」が非常に重要です。デザイナーは既存の技術や制度による影響を受けにくく、コミュニケーションにおいても、絵や物体を用いて豊かなイメージを喚起することに長けています。この特性によって、先入観にとらわれず、課題解決のためにあらゆる手段をつなぎ合わせることに躊躇がないんです。
勝沼 とてもよく分かります。デザインとは、技術で解決できない課題を与えられても諦めず、新たな仮説を立てることでもあります。よく「デザインって、きれいな絵を描くことですよね」と言われたりしますが、それはデザインの一部です。解決策が見えなくても課題の本質を引き出し、ストーリーを紡ぎ、メッセージを研ぎ澄まし、それを美しく明快に表現する──。こうした一連の行為がデザインだと考えています。