杜氏の勘や経験に頼らず、データや機械による数値管理、社員だけの「四季醸造」という新しい酒造りに挑戦し、海外でも高い評価を受ける純米大吟醸「獺祭(だっさい)」を造り上げた旭酒造と、金融機関の枠を超えデジタルを駆使し価値創出にも力を注ぐSMBCグループがほぼ時を同じくして、米国で新たな挑戦を始めた。「獺祭」の現地生産と、デジタルリテールバンク事業だ。その狙い、企業成長に不可欠なイノベーションやデジタル活用、共創、カルチャーの醸成などについて、旭酒造の桜井博志会長と、三井住友フィナンシャルグループの磯和啓雄執行役専務・グループCDIO(Chief Digital Innovation Officer)に語り合ってもらった。
ニューヨークに酒蔵を建設し、「獺祭」造りを開始
磯和 旭酒造は米国ニューヨーク州のハイドパークに酒蔵を建設し、2023年4月から純米大吟醸「獺祭」の生産を始めたそうですね。その狙いや現地生産に至る経緯について教えてください。
桜井 当社にとって「海外市場」は非常に大事なものです。というのも、市場が大きければ大きいほど生き残れる可能性が広がるということを、身をもって体験し、成長してきたからです。
私が父の急逝を受けて酒蔵を継いだのは1984年。当時の旭酒造は山口県岩国市の中でも4番手メーカーで、売り上げは急減していました。そうした中、小さな酒蔵であることが、どうすれば強みになるのかと考えて開発したのが、皆さまに愛され続けている「獺祭」です。純米大吟醸酒造りに挑戦して6年目の90年でした。
同時に「地元で勝てないなら、もっと大きな市場で戦おう」と、東京を中心とする全国展開に経営のかじを切りました。02年から海外への輸出を始めたのですが、それはさらなる成長に向けて当然の選択でした。現在は30カ国以上に輸出し、その額は22年度の売上高(165億円)の約43%を占めています。
ワインは世界中のいろいろな所で造られていますよね。それこそ山口県にも山梨県にも醸造所があります。ワインが国際化した背景の一つには、こうした現地生産の広がりが挙げられます。ですから、私は以前から「日本酒も海外で現地生産をやらなきゃ駄目だ」と考え、周囲にもそう発言していました。
そんなとき、16年に世界最高レベルの料理学校といわれるカリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(CIA)から「米国で酒蔵を建設して酒造りをやらないか」と声を掛けていただきました。文化・情報の発信はやはり欧米が中心ですから、世界で戦っていくためにはこんなチャンスを逃すわけにはいかない。そこから酒蔵の建築計画を進め、今に至るというわけです。
磯和 素晴らしい。まさに有言実行ですね。実は、日本の銀行も欧米に進出していますが、お客さまは日系企業が中心です。旭酒造では、最初から米国人に販売することを考えられたのですか。
桜井 そうです。輸出してみて分かったことですが、「獺祭」は現地の日本人よりも米国人に人気があるんです。米国で「獺祭」が最初に売れ始めたのも、全米で最大の日本人会があるロサンゼルスではなく、ニューヨークでした。とはいえ、米国の酒市場で日本酒のシェアは1%にも満たない。今は伸びしろしかない状態です。