全米の個人を対象にデジタルリテールバンクを開業

桜井 SMBCグループでも、米国在住の個人を対象としたリテールバンクを開業したと伺っています。これは、日本の金融業界では非常に挑戦的な取り組みではありませんか。

磯和 はい。店舗を持たない、デジタルリテールバンク「Jenius Bank」(ジーニアスバンク)を今年(2023年)に開業しました。この背景には、当グループCEOの太田(純)が従業員に向けて「カラを、破ろう。」と常々呼び掛けているように、従来の金融業務の枠にとらわれない新規事業に積極的にチャレンジしていこうという方針があります。

 こうしたチャレンジを後押しするため、当社では新規デジタル事業の投資決定を迅速に行う「CDIOミーティング」を設け、月1回開催しています。ここでは、新規事業のアイデアを発案者にプレゼンしてもらい、私やCEOの太田など経営陣が投資の意思決定をその場で行っています。米国でのデジタルリテールバンク事業も発案者の現地駐在員のプレゼンにより投資が決定、その後全米各地にいる総勢275名(23年6月末時点)のメンバーの尽力により事業が実現いたしました。

桜井 米国のリテールマーケットへの参入を決めた理由は何でしょうか。

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桜井博志 会長

磯和 ビジネス的な観点で見ると大きく二つです。一つは酒類市場と同様、マーケットが巨大な上、拡大し続けていることです。中でも、デジタル預金は2桁増で伸びており、その増加率は日本をはるかに上回っています。しかも、米リテール市場の1%ほどのシェアを獲得できれば、SMBCグループ全体から見ても意義のある事業になることが見込めます。

 二つ目は、米国は銀行免許の取得が難しいため、新規参入が少ないということです。日本では楽天銀行やセブン銀行などのように他業界から新規に参入してきていますが、米国ではAmazonバンクもウォルマートバンクもありません。そうした中、SMBCグループの場合、グループ傘下のマニュファクチャラーズ銀行の一部門として「Jenius Bank」を立ち上げることができました。

 とはいえ、米国という海外の巨大マーケットにゼロからデジタルバンクを立ち上げるのは、容易ではありません。これが実現できたのは、何よりも駐在員をはじめ現地スタッフやプロジェクトチームの熱量がすごかったからだと思います。そもそもデジタルバンク構想の原案も駐在員同士が議論してまとめた10ページほどの資料が出発点でした。実際、現地での調査や準備の段階でも非常に苦労が多かったようです。まさに、桜井会長もこのようなご苦労をされているのだとは思いますが…。

 Jenius Bankは、SMBCグループが米国で初めて設立した個人のお客さま向けのデジタルバンクとなりました。これは、米国で新たに採用された社員が中心で、業務内容や働き方もこれまでのSMBCグループとはまったく異なる新しい形態のチーム・組織です。今後も現地が主体となり、モバイルアプリでお客さまとの接点を生み出し、データを活用してカスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)を向上していきます。私たちの強みである優れたUI(ユーザーインターフェース)や金融商品を提供すれば、どこの国の銀行かは関係なく選んでもらえると感じています。

桜井 なるほど。そのような背景があるわけですね。「獺祭」がここまで売れるようになったのも、インターネットやデジタルの進化・普及によって情報が行き渡り、消費者が「おいしいお酒」を積極的に選ぶようになったからだと思います。

磯和 銀行でも同じことが起きています。これまでは「情報の非対称性」といって、消費者と供給者(銀行)との間で情報に大きな格差が生じていたため、多くの消費者は薦められた金融商品を利用していました。しかし、デジタルの進化・普及に伴って情報の非対称性は薄れ、消費者が金融商品を積極的に選ぶようになっています。

銀行も「現状維持では生き残れない」のは同じ

磯和 桜井会長は「現状維持は後退である」「挑戦し続けることが大切」という信念の下、新しい市場に積極的に挑戦されています。この目指すところは、当社のスローガン「カラを、破ろう。」と似ているのではないでしょうか。

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磯和啓雄 執行役専務 グループCDIO

桜井 いやいや、私の場合、そんな高尚なものではありません(笑)。とにかく、生き残るために必死で、本能的にやってきました。ただ、経験則として「現状維持では生き残れない」と考えています。

磯和 現状維持では生き残れない。これは、まさに銀行も同じです。デジタルの進化・普及に伴って、旧来の銀行業務の収益は少しずつ右肩下がりになっているのが実情です。銀行が生き残るためには、多様化かつ高度化するお客さまのニーズに応えるための絶え間ないイノベーションの創出が必要な時代になっています。

 ただ、大手銀行には「失敗してはいけない」という伝統的な風土があるため、過去の経験に判断が引きずられる経路依存性が強いという傾向があります。前述したように旧来の銀行業務の収益は下がってきているのですが、その落ち方は極めて緩やかです。そうなると、自分のビジネスキャリアだけを考えてしまい、チャレンジを避け、銀行が傾く前に逃げ切ろうと考える人も出てきます。

桜井 なるほど。そのため「カラを、破ろう。」と、積極的に呼び掛け、あえて従来のカルチャーを変えようとしているのですね。

磯和 はい。まさしく、そうした風潮を打破するため、イノベーションを加速する「Empower  Innovation」といった考えを打ち出し、積極的なチャレンジを促す仕組みを導入するとともに、グループ全社のカルチャー変革に取り組んでいます。

 具体的には、グローバルベースでのオープンイノベーションの強化や、スタートアップに直接投資するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の設立、前述したCDIOミーティングの開催などによって、新規事業のスピーディーな立ち上げを支援しています。同時に、年齢を問わず、社内ベンチャーの社長に抜てきする「社長製造業」や、新規事業の発案を目的とした「社内SNS」などのカルチャー変革のための取り組みも行っています。

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 とはいえ、成功するかどうかは分からないため、最小限のリソースを投入して小さく始め、失敗するにしても早い段階で決断を下し、「失敗を学びに変えていく」という意識も重要と考えています。

桜井 黙っていても「獺祭」が売れる状態が続けば、いずれ当社でも、新しいことに挑戦する気持ちが薄れていく社員が出てくるでしょう。おっしゃるような思い切った施策が必要になる時期が来るかもしれません。