理念ドリブンな
組織への転換
山本:一方、会社のメッセージが思うように届かないと苦労している企業も多いように思います。
佐宗:日本の伝統的な企業の場合、企業理念や社是は存在するが、「額に入れられた標語」として埃を被っているケースがままあります。そこで、理念体系を整理してアップデートしよう、ならば社員を巻き込んでつくっていこうというムーブメントが起こり、私はそうした企業の理念再構築のお手伝いをしています。
しかしながら大企業においては、企業理念を意識せずにこれまで仕事をしてきた人も少なくありません。むしろミドル以上の従業員はそうした人が大半ではないでしょうか。ですから、いきなり企業理念への共感を求められても、戸惑ってしまう。時には、理念を強く打ち出すことで、違和感を抱いて辞めていく人も出てくるでしょう。それでも、理念ドリブンな組織への転換を進めなければなりません。なぜなら、すべての事業活動と従業員の行動指針の核として企業理念を共有できなければ、自社オリジナルの価値創造ストーリーなど、実現できないからです。私の経験上、理念経営が組織の新陳代謝を加速し、その結果、従業員エンゲージメントが高くて強靭な組織をつくり上げると実感しています。
山本:とはいえ、現場への企業理念の「浸透」は容易ではなく、多くの企業で経営陣が議論を重ね、さまざまな施策を打ってきました。にもかかわらず、従業員サーベイを実施すると、経営陣と従業員のギャップに落胆するケースを耳にします。
ちなみに当社でも従業員サーベイを行っていますが、経営理念にギャップがないかを測る項目のスコアは5段階中の4と優良で、経営陣と従業員の間にほぼギャップがありませんでした。これは、当社が現状は小規模事業体だからかもしれませんが、急速に成長を続けるスタートアップであるからこそ、企業理念の浸透を何より大切にしています。
当社は、「デジタルを簡単に、社会を便利に」を企業理念に掲げ、ノーコードで誰もが手軽にデジタル技術を扱い、生活が豊かになる社会を実現することを目指して、「Yappli」という名のアプリ開発プラットフォームを提供する企業です。2013年に設立、2020年東京証券取引所マザーズに上場、2022年1月にはYappliで開発したアプリが累計1億ダウンロードを突破しました。
企業活動でスマートフォンアプリを活用する機会が増えながら、専門知識を持ったエンジニアの不足が社会課題の一つとなっています。そうした中で、デジタルスキルが高くなくても自社アプリが開発できるプラットフォームの提供によって、企業のモバイルDX推進を支援し、より便利で豊かな社会の実現を目指す。ここに共感して入社してくれた従業員が多いので、企業理念が現場に浸透しているように思います。
佐宗:貴社のように企業理念は、何を目的として、どこを目指すのか、言わば北極星の役割を果たしますが、それと同時に、自分たちは何者なのか、どのような集団であるべきかを示す「価値観」(バリュー)を定義し、共有することも極めて重要です。
山本:当社の場合、バリューの一つに「カスタマーサクセス:顧客の成功に向けて価値を提供し続けること」があります。全社を挙げてそれを実践するための施策として、年に一度、カスタマーサクセスデーという記念日を設けています。この日は、お客様の感動体験をどのようにつくっていくのか、お客様の成功のために自分たちは何ができるのかを、バックオフィスメンバーも含めた全従業員で終日議論するのです。
また、ヤプリサミットといって、当社アプリを活用した優れた事例やユニークな事例を持つお客様を紹介、表彰するイベントもあります。このイベントを通じて、自社のサービスがいかに社会に役立っているか、自分の仕事にどのような意義があるかを確認し、従業員一人ひとりが企業理念やバリューに立ち返るのです。
佐宗:先に申し上げた通り、会社は「意義を生み出す場」だからこそ、目先の業務に追われる中でも、従業員が企業理念や価値観に立ち返り、その意義を再認識し、自分もその一躍を担っていることを実感できる機会を持つことはとても大切です。