これまでになかった「睡眠計測デバイス」の特徴

西窪(アリナミン製薬) 「アリナミン」シリーズの製品は、1954年の「アリナミン糖衣錠」発売以来、70年にわたり、生活者の健康・疲れと向き合ってきました。50年代は脚気の対策、60年代からは経済成長に伴い、猛烈に働くビジネスパーソンの疲労対処、80年代にはドリンク剤も発売し、90年代からはIT疲労への対処として錠剤のラインアップを拡充し、現在はひどい首筋の凝りや痛みに対処する錠剤など、多様化した疲労に対処するブランドを構築しているという自負があります。

 社内では約20年前から、「アリナミン」の配合成分であるフルスルチアミンが疲労に効くメカニズム解明の基礎研究を続けています。これまでに、フルスルチアミン投与によって、筋肉にエネルギーを貯蔵・供給するATP(アデノシン三リン酸)の産生が促され、ラットの遊泳時間が延長すること、フルスルチアミンが心臓や脳へよく移行すること、脳内で「やる気」に関わる脳内神経伝達物質ドーパミンの放出が増加することなどを確認しています。これらは、フルスルチアミンが疲労に関して、末梢組織でのエネルギー産生だけでなく、心臓機能や中枢神経伝達にも作用する可能性を示すものであり、特に脳内での神経伝達への働きは、今回の睡眠に関する研究においても鍵になると想定しています。

 実は、S’UIMINの「睡眠計測デバイス」を社員の数人で装着・測定し、「アリナミンを継続的に服用している人は、睡眠の質が良さそう」というパイロットテストによる予備データを得ることができました。今回の共同研究の直接のきっかけは、このデバイスによる睡眠計測の簡便性や有効性に関心を持ったことによるものです。

「疲れているのに眠れない」のはなぜか。アリナミン製薬が睡眠研究で著名な柳沢教授と共同研究に挑む理由柳沢正史
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長 教授
S’UIMIN 代表取締役社長

柳沢(S’UIMIN) 実際にそうやって簡単に使っていただけることが、当社のデバイスの長所です。共同研究のお話を頂いて、S’UIMINのデバイスを使い、「どのような疲労の状態であれば、眠りが良くなるか」「抗疲労成分フルスルチアミンはどのようなメカニズムで睡眠に関わるのか」を研究したいと考えました。

小久保(S’UIMIN) 「睡眠によって疲労が回復する」ということは、皆さんも経験的に実感していることだと思います。では、それはなぜなのか。脳との関係でいうと、実は、睡眠中も、脳は活発に働いており、筋肉を動かすときと同じように、脳内でエネルギー代謝が行われています。脳の活動のエネルギー源は、ATPです。糖質からATPを産生することで、脳は活動し続けられます。このATP産生の過程には、ビタミンB群が不可欠であるため、「ビタミンB1の誘導体であるフルスルチアミンが、脳でのエネルギー代謝に影響しているのではないか」と私たちは考えていました。ここもぜひ研究を深めたいところです。なお、私は以前、武田薬品工業の研究所に勤めていたことがあり、縁あるアリナミン製薬からの共同研究のご提案は、個人的にも非常にうれしかったです。

「疲れているのに眠れない」のはなぜか。アリナミン製薬が睡眠研究で著名な柳沢教授と共同研究に挑む理由小久保利雄
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 ハイクラス・リサーチ・アドミニストレーター
S’UIMIN 取締役CSO 研究支援本部長

――そもそも柳沢先生はなぜ、S’UIMINを設立されたのでしょうか。

柳沢(S’UIMIN) 私の本業はマウスを使った基礎研究で、何万匹ものマウスの脳波を測定するという大規模な研究をしていました。そのノウハウを人間の睡眠時の脳波の研究に適用できないかと思ったのがきっかけです。睡眠はこれまで、きちんと測定しようとすると大掛かりな装置と、入院が必要でした。装置が邪魔でストレスになり本来の眠りを測定できないという弊害もありました。誰でもどこでも自分で睡眠中の脳波を測って、詳細にデータ化できるデバイスを開発したい。そして、精度を上げて大々的にデータを収集し、そのビッグデータを分析して研究に生かしたい。そうなると、事業化しなければ解決できないということで、会社を設立し、デバイスを無事開発することができたのです。

 スマートウオッチ、スマートリングといったウエアラブルデバイス、マットレスに仕込むタイプのデバイスも、睡眠計測をうたっていますが、これらは、睡眠中の実際の脳波ではなく、脈波や活動量などを測定するものです。脈波や活動量は、睡眠と関連して動く数値であるサロゲートマーカー(医学・薬学研究において診断・治療行為、薬効などのバイオマーカーと関連付けられる指標)にすぎません。

 S’UIMINが開発した睡眠時脳波測定のウエアラブルデバイスは、誰でも自宅で3分ほどで装着でき、操作もシンプルで、眠りを妨げにくく、気軽に正確に、睡眠中の脳波を調べられます。すでにつくば市や複数の企業で数百人規模の計測をしています。

 そこから得られたデータで、睡眠に対する主観的な評価と客観的な評価の食い違いが分かりました。例えば「自分では眠れていないと思っていても、実際は眠れている」という自分の睡眠を過小評価している人や、「睡眠に何も問題を感じていない」にもかかわらず、実は中程度の睡眠時無呼吸症候群であるなど、無自覚でも睡眠に問題を抱えている人が意外と多くいるといった、貴重なデータも集まっています。