コロナ禍前に非接触サービスを開始、DXで顧客満足の最大化を実現
東原社長が「カラオケ体験の再定義」に本格的に向き合ったのは、代表に就任した2015年。このとき、真っ先に取り組んだのが「受付・精算プロセスのゼロ化」だった。
「受付で名前や電話番号を書かされ、部屋では飲食のオーダーに時間を取られ、精算でも待たされる。何の付加価値も生まないどころか、お客さまにとってストレスでしかない受付と精算のプロセスはなくすべきだと考えました」(東原社長)
それから程なく自動受付・精算機を業界に先駆けて全店に導入。しかし、それだけでは人を機械に置き換えたにすぎない。そこで今度は、予約・受付・精算の機能を丸ごとスマートフォンのアプリに搭載するシステムの開発に取り組む。この成果が19年にリリースされた「すぐカラ」だ。
この直後にコロナ禍が世界を襲ったことで、「すぐカラ」が実現した非対面/非接触サービスは想定以上の付加価値を顧客にもたらした。その結果、本格導入から約1年で来店顧客のおよそ40%が予約のために使用するサービスへと発展し、足元ではその比率は60%まで高まっている。この成功体験が同社のデジタルトランスフォーメーション(DX)をさらに加速させる。
その後、フードオーダー機能や楽曲予約機能などもアプリ内に搭載。さらに、来店前でもアプリでドリンクやフードをオーダーしておけば予約時間に合わせて注文商品が到着する「0秒乾杯」、歌いたい曲を入室前に選んで予約リストに登録しておけば入室後すぐに歌える「事前楽曲予約」、アプリにクレジットカードを登録しておけば受付での精算なしでそのまま帰れる「0秒決済」など、次々と新たなデジタルサービスをリリースし、スマホだけで全てのカラオケ体験が完結できるようにした(図1参照)。まさにカラオケ体験を再定義したのである。
注力しているのはソフト面だけではない。TOAIは、従来のカラオケルームのイメージを覆す空間づくりでも攻めている。eスポーツルーム、仮想キャンプが楽しめるキャンプルーム、楽器使い放題のスタジオルームなど、多種多様なコンセプトルームが続々と登場しており、中にはカラオケしながらボルダリングやスケートボードが楽しめる部屋まで存在するのだ。
また、個々の部屋だけでなく、店舗全体についても常識にとらわれないさまざまなアイデアを生み出してきた。例えば、コロナ禍のさなかだった21年には、サイバーパンクをコンセプトにした異色の新店舗となる「ジャジャーンカラ京大BOX店」を京都にオープンさせて話題になった。現役の京大生(後にTOAI入社)がコンセプトの企画・立案からその実現まで任されて創った店舗となるが、奇抜なデザインやメニューはまさにターゲットである京大生に刺さり、SNS映えも満点とあって盛大にバズった。今や「歌わなくても行く価値がある」と、予約困難な観光名所のようになっている。
さらに、今年8月に坂本龍馬終焉の地である近江屋跡にオープンした「京都河原町近江屋店」は、新卒1年目の社員がデザインした店舗となるが、龍馬や幕末をイメージし、こちらも国内のみならずインバウンド向けにも話題となっている。
オンライン・オフライン両面で業界の常識を覆し続け、成熟市場に新たな旋風を巻き起こしている同社は、コロナ禍の営業自粛などで業界が大打撃を受けいまだ回復途上にある中、いち早くV字回復を果たした。強力なDXの推進により、売り上げ向上と業務効率化によるコスト削減が同時に大きく進み、23年にコロナ前の水準まで業績が回復。24年5月期には売上高約300億円、経常利益約70億円と共に過去最高を記録し、利益率においても、17年比で約1.5倍の水準にまで向上している。
「DXはコストダウンのためではなく、あくまで顧客体験価値を向上させる手段。数十億円の規模でデジタル投資をしており、それが近年の売り上げの増加に大きく貢献しています。結果としてコストサイドへの貢献も大きく、今の好業績につながっています」(東原社長)
なぜTOAIは成熟市場において、次々と変革を起こすことができるのか。次ページでは新規事業を次々と生み出す組織の秘密を明らかにする。