真鍋 現在グループ全体の代表を務める齋藤精一と2人で、2003年にライゾマティクスという名前のユニットを立ち上げました。その後、東京理科大学やIAMAS(国際情報科学芸術アカデミー)時代の友人たちと06年に法人化して株式会社ライゾマティクスとなり、10周年を迎えた16年にリサーチ、アーキテクチャー、デザインの3部門を設立、私は石橋素と2人で、研究開発要素の強い実験的なプロジェクトを中心に担うライゾマティクスリサーチを主宰する立場になりました。
19年に設立したグループ会社のフロウプラトウが東京理科大学のベンチャーキャピタルから出資を受けることになり、あらためて組織体制やガバナンスをしっかりと見直す必要があると考えました。そこで、社名をライゾマティクスからアブストラクトエンジンに、ライゾマティクスリサーチをライゾマティクスに改めるなどの組織変更を行い、その結果、ライゾマティクスは再びユニットの名称になりました。
山田 真鍋さんとは今回、「共創による価値創出とテクノロジーの可能性」をテーマに対談を進めていきたいと思っています。というのも、多様なステークホルダーとの共創、それを推進していくうえでの人とテクノロジーの共創可能性の追求が、企業にとって非常に重要な経営アジェンダになっているからです。
アーティストやソフトウェアとハードウェアのエンジニア、デザイナー、建築家などさまざまな専門性やバックグラウンドを持つチームを率いて、ミュージシャンやアスリート、大学研究者、企業・団体などとの共創によって革新的な作品や表現を生み出している真鍋さんの経験知や手法が、企業リーダーに与える示唆はとても大きいと思います。
本題に入る前にもう少し、真鍋さんとライゾマティクスについて伺いたいのですが、社会から注目されるきっかけとなった作品は何だったのですか。
真鍋 僕自身についていえば、顔に電極と低周波刺激装置をつけて、音楽に合わせて電気的な刺激を与えて自分で意図しない表情をつくり出す実験動画を08年にYouTube にアップしたら、これが世界的にバズりました。当時はいまほどYouTube は見られていませんでしたが、海外からの反響が特にすごくて、世界の30都市以上でこのプロジェクトを発表する機会に恵まれました。
それまでYouTube に何本かアップしていた実験動画の一つだったのですが、自分でつくったものを世の中に公開するオープンソース志向とDIY 精神が、YouTube の文化にうまくはまったのかもしれません。
一方、ライゾマティクスとしては、靴を楽器にするアイデアを実現させたナイキのCM(09年)のヒットと、(音楽ユニット)Perfume のドーム公演の演出のテクニカルサポート(10年)が成功したことで、大きく道が開けました。こうしたことがきっかけで、アーティストであると同時にビジネスができる集団になっていきました。
ライゾマティクス主宰
アーティスト、プログラマ、作曲家。東京理科大学数学科、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS、現 情報科学芸術大学院大学)卒。2006年ライゾマティクス設立。2022年Studio Daito Manabe設立。身近な現象や素材を異なる目線でとらえ直し、組み合わせることで作品を制作。アナログとデジタル、リアルとバーチャルの関係性、境界線に着目し、デザイン、アート、エンタテインメントの領域で活動している。ライゾマティクス主宰。
共創パートナーとの相互理解と共通認識
山田 ここから、本題に入りたいと思います。企業を取り巻く社会環境が不確実性を増し、その変動幅は大きくなり、社会課題の複雑性も深まっています。だからこそ、企業は将来のありたい姿や解決したい課題を特定し、多様な専門性を掛け合わせた共創によって、ありたい姿の実現と複雑化した課題の解決に向き合わなくてはなりません。一人の人間、一つの企業や組織にできることは限られているからです。
しかし、多様性の高い専門家の集団ほど何らかの摩擦が生まれがちです。多様性を互いにリスペクトし、その摩擦を前向きなエネルギーに転化しながら、共創によって新たな何かをつくり出していくのは簡単なことではありません。過去に経験のない企業変革や社会課題に向き合う中では、失敗や試行錯誤が付き物ですし、多様な専門性の中で共通認識を持つ難しさもあります。それをどう乗り越えて、創造性とチャレンジ精神を発揮し続ければいいのか。その点について、真鍋さんはどうお考えになりますか。
真鍋 まず、組織内部の多様性が大事だと思います。先ほど紹介いただいたように、ライゾマティクスは異なるバックグラウンドやスキル、発想を持った専門家の集まりで、ハードウェアとソフトウェア、映像などさまざまなものを組み合わせて新しい表現を追求している集団です。個々が高い専門性を持ち、かつ価値観を共有できるメンバーを集められるかどうかが、ライゾマティクスの活動のカギを握っていると思います。それに、内部に多様性がないと、外部の多様な人たちと共創していくのは難しいのではないでしょうか。
おっしゃるように新しいものを生み出していくのに失敗や試行錯誤は付き物で、僕らのチームもボツになったアイデアは数え切れないほどありますし、プロトタイプを何度もつくって検討したけど、結局お蔵入りということもあります。
でも、そういうトライアルや実験のプロセスがないと創造性は高まらないし、いい作品はできないと思います。ですから、プロトタイプをつくったり、実装したりしてみて、トライアル・アンド・エラーを積み重ねていくことは、とても重要です。あとは、共創するパートナーとの相互理解を深め、共通認識を持つこともすごく大事で、それにはある程度時間をかけなければなりません。
山田 多様な専門家が集まる場で、あうんの呼吸は通じません。専門家同士だからこそ、緊張感とリスペクトを持って互いの専門領域に踏み込み、理解したうえで互いの専門性を掛け合わせることで何ができるのかを探究する必要があります。それはビジネスの世界でもまったく同じです。
真鍋 (狂言師)野村萬斎さんとのプロジェクトは、まさにそうでした。
日本の伝統芸能の神髄ともいえる「三番叟」(さんばそう)という、萬斎さんがとても大事にしている舞を映像演出することになったのですが、僕は能や狂言について何も知らないところからのスタートでしたから、舞によって表現されているストーリーや一つひとつの所作の意味を理解するところから始めなければなりませんでした。
一方、萬斎さんにも、いまのセンシングやモーションキャプチャー、ボリュメトリックキャプチャー(実在の空間を多数のカメラで撮影して3次元デジタルデータとして取り込み、CG〈コンピュータグラフィックス〉で高品位に再現する技術)、機械学習といった技術で何ができるのか、それを映像装置でどう表現できるかを知ってもらう必要がありました。ですから、実際に僕が映像演出した三番叟を上演するまで3年かかっています。
逆にそれだけの時間をかけたからこそ、お互いにアイデアを出し合い、相手のいいところを引き出すことができました。やっぱり、3年かけないと2人が納得できるものにはならなかったと思います。
抽象化した長期的目標と解像度の高い短期的目標
山田 時間をかけて共創関係を構築し、それを維持していくには、共通の価値観に基づく目標やビジョンをしっかりと描いて、それを共有することが重要です。私たちは大きな変革プロジェクトに取り組む時ほど、目標や価値観の共有を重視します。
真鍋 見たい景色をみんなが共有できているかどうかは、ものすごく大きいですね。
僕らはPerfume や(ダンスカンパニー)ELEVENPLAY との仕事のように、コラボレーションが長く続くことが多いのですが、ELEVENPLAYを率いる(演出振付家)MIKIKO さんからPerfume のドームコンサートのテクニカルサポートを最初に依頼された時のお題は「ステージ上の(Perfume の)3人が、より大きく見えるような演出にしたい」ということでした。