いまでも僕を含むライゾマティクスのエンジニアはGitHubでソースコードを公開したりして、コミュニティに貢献していますが、互いにアイデアや技術を公開し合って、みんなの知恵を持ち寄ったほうが価値のあるものができると思います。
ビジネスとしてやっていて守秘義務がある部分はもちろん公開しませんし、戦略的に特許を取ることもありますが、基本的にはみんなでつくっていこうというマインドです。
コミュニティへの貢献度が高いと注目されて、そういう目立った人同士がコラボレーションする新しいプロジェクトが生まれることがありますし、アメリカなどではプロジェクトが大きくなってテクノロジー企業に買収されたり、プロジェクトの中心人物がスカウトされたりすることもあります。
山田 アメリカのテクノロジー企業は、コミュニティやエコシステムをうまく組成し、使いますね。自前主義が強い日本でも、エコシステムの重要性は理解されてきているのですが、みずから貢献することでコミュニティやエコシステムをリードし盛り上げ、貢献度の高い人たちが集まって新たなコラボレーションが生まれるといった活動では、アメリカに一日の長があると思います。
真鍋 コミュニティ全体が盛り上がるような活動をしていかないと、自分たちだけで独り占めする考えは、オープンソースのカルチャーでは受け入れられませんし、そもそもクリエイターやアーティストでそういうマインドの人は少ないと思います。
アメリカのテクノロジー企業についていえば、グーグルやメタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)はオープンソースの大規模言語モデル(LLM)を公開していますし、グーグルはアーティストがつくったAI の作品をキュレーションしてコミュニティをつくるプロジェクトなども行っていました。アーティストやクリエイターのコミュニティを巻き込んで、ムーブメントをつくるのがうまいですね。
山田 プラットフォーマーはみずからを中心としたエコシステムの形成によって市場を寡占化しているという負の一面もありますが、コミュニティへの相互貢献というムーブメントを起こしてテクノロジーを進化させたり、新しい価値を共創したりするというオープンソース志向が持つ本来の意義とそのアプローチを体現していることについては、ビジネス現場において日本企業はもっと学ぶべきだと思います。
個別最適の集合体が全体最適を実現する経営
山田 ビジネスの世界でデータドリブンというと、個人の経験や勘に頼らず、データというファクトによって企業活動の実態を可視化、課題などを正しく把握し、経営の意思決定のスピードや精度を高めるといった意味合いで使われます。
真鍋さんは、人や相場の動きをデータで可視化し、AI やXR(仮想現実、拡張現実、複合現実などの総称)などのデジタルテクノロジーを使って新しい表現を生み
出されています。データドリブン、テクノロジードリブンを創造性の発揮につなげるアプローチは、ビジネスの分野ではあまり見られないものですが、それだけに大きな可能性を秘めていると感じます。
真鍋 デジタルデータは、アルゴリズムと出力のデバイス次第で音や映像などにいかようにも変換できる自由度に魅力があります。しかもリアルタイムに変換できるので、インタラクティブな表現が可能です。
僕らがコラボレーションするのは、ミュージシャンやダンサー、アスリート、伝統芸能家などさまざまですが、ビットコインのトランザクションや株式相場の値動きを入力したデータを作品のモチーフとして扱うこともあります。人でも相場でも、あるいはフェンシングの剣先でも、その動きをデジタルデータにしてしまえば、あとはアルゴリズムとソフトウェアエンジニアリングでいかようにも表現できるので、僕にとっては課題としてそれほど遠いものではありません。
山田 データやデジタルテクノロジーによって既存のボーダーや固定観念を容易に超えられるといったイメージですか。
真鍋 そうですね。データやデジタルテクノロジーには、いままでつながっていなかったものを結びつける力があります。僕らがいろいろなジャンルの人とコラボレーションできるのは、そのおかげです。素人発想でテクノロジーを活用した玄人の実行ができるというか、そういう点もプログラミングのいいところだと思います。
山田 見えなかったものを表現する、つながっていなかったものを結びつけるというのは、データによる価値創出の本質です。データはつながってこそ、その価値を発揮します。
企業経営では、組織のサイロ化とそれに伴う業務やシステムの部分最適化が進み、業務プロセスやデータが分断されてしまったことで、全体最適な意思決定や戦略の実行ができないことが問題だとされてきました。
しかし、データとデジタルテクノロジーによってサイロ化した組織やシステムを結びつけることができれば、部分最適の上に全体最適が成り立つというこれまでにない基盤を築くことが可能で、かつ企業競争力の源泉を分析・特定することができれば、競争力強化につながります。
個別か全体かの二者択一ではなく、個別最適の集合体が全体最適を実現し、持続的な成長や企業競争力の源泉となっている。これからは、そういう経営を目指す時代だと思います。
作品を通じた実証実験で社会に問いかける
山田 LLMとそれをベースにした生成AIアプリが急速に進化したことによって、人間にとってより大切な能力は、与えられた問いに対して答えを出すことではなく、みずから問いを立てることへとますますシフトしています。
テクノロジーの発達は人の知的活動や生産活動、あるいは社会・産業構造などを変化させてきましたし、これからもそれは続くはずです。テクノロジーは人々がある目的を持って開発するものですが、予期せぬ社会的インパクトを及ぼすことがあります。人の知を結集してあらゆる角度からそのインパクトをできるだけ広範囲かつ正確に予測し、テクノロジーを手なずけながら人にとってよりよい社会実装のあり方を見出すこと。それも、我々がなすべき重要な共創だと思います。
真鍋 よくわかります。僕たちがやっているのは、アートだからこそできる実証実験です。新しいテクノロジーが出てきた時に、それが社会を変えるかもしれない、何らかの問題が生じるかもしれない。そういった可能性を含めて作品で表現し、見る人に関心を持ってもらったり、気づいてもらったりする。そうした、社会に対して「開かれたアート」を模索してきました。完全さや不自然さが、アートとしては面白かったりします。
アートとしての実証実験を続けてきたことで、企業からアルファテスト(エンドユーザーに試してもらうベータテスト前の開発段階のテスト)を依頼されることがすごく増えました。不完全な状態のサービスやツールを僕らが使って、企業にフィードバックしています。僕らがテスターとして入ることで、社会にとってよりよい形でテクノロジーの実装が進むよう貢献することも、一つの役割かなと思います。
山田 真鍋さんがいま、個人的に高い関心を持っているテクノロジーやテーマはどのような領域ですか。
真鍋 ここ数年、NFT(非代替性トークン)の取引状況をテーマにした作品やNFT 作品を販売するオンラインマーケットをつくったり、僕らが過去に制作した映像作品など自前のデータを学習させた画像生成AIモデルを開発したりしてきましたが、NFT やAI を使ったプロジェクトはいろいろなアーティストもやっているので、まったく新しいチャレンジをしたいと思っています。
その一つが、バイオテクノロジーを使ったアートです。培養した神経細胞に情報処理させるバイオコンピューティングの研究が進んでいますが、それを作品に応用できないかといったことを考えています。
山田 生命倫理にも関わるセンシティブな領域ですね。
真鍋 おっしゃる通りで、現実的にはさまざまなハードルがあります。大学研究者の協力を得ながらプロジェクトを進めていくつもりですが、あくまでも新しいアート表現を探す活動としてやっていきます。
生成AI やNFT のプロジェクトもそうでしたが、法律やルールが整備される前にテクノロジーの可能性や問題点にフォーカスした作品をつくって、世の中に問いかけることをやってきました。社会風刺したり、アクティビスト的に何かを主張したりするのではなく、作品として問題提起して鑑賞者たちと一緒に議論したいというスタンスです。
先端テクノロジーは公共性と倫理が問われる
山田 社会的インパクトが大きいテクノロジーほど、公共性や倫理が問われます。それだけに、政府や特定の団体任せにするのではなく、よりオープンな議論によって英知を集め、ルールを共創する必要があります。
その点からいっても、アート作品として世の中に問いかけるのはとても意義のある活動だと思います。
真鍋 僕がやっているメディアアートは、新しいテクノロジーやメディアを駆使して作品として表現するもので、起源は1960年代にさかのぼります。もともとは研究者出身の作家が多かったそうです。
テクノロジーの進化とともにメディアアートも常に変化し続けていますが、新しいテクノロジーをいち早く作品に実装して検証する。そこから議論を促すという活動は続けていきたいですね。
オーストリアのリンツ市にアルスエレクトロニカという科学、メディアアートなどの教育文化機関があるのですが、そこでは先端技術を使ったアート作品を社会的影響力が大きい人たちに見てもらい、テクノロジーをどう発展させていくべきかといった議論をしています。そういう場や機会をつくっていくことは、社会にとって重要なことだと思います。
山田 テクノロジーは使い方次第で、薬にも毒にもなります。要は、テクノロジーそのものよりも、使う人の倫理観やマナー、公共意識などによってその功罪が決定的に左右されるということです。私たちは、そのことを忘れてはなりません。
真鍋 生成AI で著作権を侵害したり、人を騙したりすることも簡単にできてしまいますからね。
山田 ですから、テクノロジーの悪用を防ぐためにテクノロジーを活用する仕組みを積極的に研究し、実装していく必要があります。データの改ざんが難しいブロックチェーンをベースにしたNFT技術で作品の真正性を保証したり、生成AIでつくられたフェイクニュースやフェイク画像をAIで見破ったりする仕組みなどがすでにありますが、テクノロジーによって、社会の分断や格差を解消したり、悪用を防ぐ余地は大きいと思います。
真鍋 蒸気機関や自動車が世の中に出た当初も大きな社会問題になったそうですが、テクノロジーの進化自体を止めるのは難しいですし、僕自身は止めないほうがいいというスタンスです。
しかし、分断や格差、悪用を広げることがあってはいけないので、おっしゃるようにテクノロジーを制するテクノロジーを探究し、オープンな場で議論することは、社会にとって重要だと思います。
共創の場と機会を通じて未来を担う人材が育つ
山田 日本にとって最も大きい社会問題の一つが、人口減少です。顧客サービス、物流、建設、製造などさまざまな現場で人手不足が深刻化しており、出生率の増加や海外の人材活用が見込めない中で、テクノロジーによって人の仕事を代替したり、技術を伝承したりすることが必須課題となっています。
同時に、多様なテクノロジーや人とコラボレーションして新しい価値を創造し、成長を牽引する人材がこれからの日本には求められます。
真鍋 ライゾマティクスでは、経済産業省のデジタル等クリエイター人材創出事業費を活用した、若手クリエイターの支援・育成プログラム「Flying Tokyo 2024」をスタートさせました。
いまはSNS の普及などによって、趣味嗜好の近い人たちだけが集まりやすい条件が揃っています。多様性がないところから新しいものは生まれないので、若い人たちが共創する場をつくろうと思って始めたプログラムです。
アーティストやミュージシャン、ファッションデザイナー、書道家など、とにかくいろいろな人が集まれる場所を東京都内に用意して、そこを拠点に作品制作に取り組んでもらう若手クリエイター5人を公募で選びました。講師は僕を含めて10人です。
違うジャンルのクリエイターや専門家との連携を促して、創造的なコミュニティの形成を支援しますし、制作費や機材なども提供します。コアになる5人を中心に共創コミュニティが外へと広がっていって、その中から新しい時代を切り開くクリエイターが育ってくれたらいいと思って、この活動を行っています。
山田 人の持つポテンシャルを開花させるために、共創の場と機会をつくるのは非常に有意義なことです。学校教育もそういう開かれた場になればいいと思います。我々のビジネスでいうと、異なるスキルや才能を持つ人たちが企業変革や事業成長に携わる機会をつくることで、共創の場を提供しています。その場には多様な専門性を持つアビームコンサルティングのプロフェッショナルたちが参加しますし、クライアント企業やビジネスパートナーである異業種の企業の人たちが加わるコミュニティを形成し、課題解決や変革、新たな価値創造に取り組むこともあります。
そういう共創の場で、変革体験、成長体験を積んだ人材がみずからのポテンシャルを開花させると同時に、周囲にポジティブな影響を与えて、組織全体に変革と成長のムーブメントが広がっていくケースを、実際に何度も目にしてきました。
これからも企業変革や事業成長の実現を通じて、社会課題の解決や社会の持続的成長に貢献していくことが、日本発のコンサルティング会社のミッションだと信じ、活動を続けていきます。
アビームコンサルティング株式会社
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