デフレからインフレへのシフトとともに早急な対応を迫られているのが、深刻な「人手不足」である。これまでは物流業、小売業、建設業などのフロントラインワーカーの現場が中心だったが、急速にその他の業種にも及び始めた。人手不足は供給制限を生み、サプライチェーンの維持だけでなく、企業の成長にも大きな影を落とす。人口減少時代を迎え撃つためのダイナミックな現場変革について考える。
求められる
本気のモードチェンジ
編集部(以下青文字):市場環境が激変する中で日本企業が長期的に向き合わなければならない構造的問題が、人口減少に伴う労働力不足です。業種によっては、すでに深刻な「人手不足」が発生しています。日本企業の現状をどう見ていますか。
野村昌弘
MASAHIRO NOMURA 流通業、製造業におけるサプライチェーンマネジメント改革、業務改革、IT戦略コンサルティングを多数手掛け、その後、富士通の経営戦略室にて経営戦略策定業務に従事する。富士通総研 Business Science Group長を経て、現職。近年はAIを活用した企業変革、業務変革コンサルティングを主導。
野村:世界的な原材料およびエネルギー価格の高止まりに加え、日本ではさらに円安が加速したことも追い打ちをかけました。デフレからコストプッシュ型のインフレへとシフトし、その影響がサプライチェーンに表出し始めています。特にサプライチェーンを支える現場の人手不足は深刻です。物流の現場ではECの拡大に伴って物流量が激増し、すでに現場が逼迫しているところに、2024年からはドライバーの時間外労働規制も始まりました。
これまで人手不足は物流業や小売業、建設業などのフロントラインワーカーの現場が中心でしたが、最近では比較的賃金水準の高い業種や業務でも人手不足が顕著になりつつあります。これまで以上に高い給与といった好条件を提示しても人が集まらないと聞きます。
深刻な人手不足は、仕事があるのにさばき切れないといった供給制限を生み、トップライン(売上げ)の向上を妨げます。すなわち人的リソースの限界が、日本企業の成長を抑制する大きな圧力になり始めています。これは一部の業種に限った対岸の火事ではなく、人口減少時代においてすべての業種に影を落とす大きな問題です。
西田:日本社会全体のモードがインフレへと変化したいま、コスト削減や効率化といったデフレ時代の戦略は通用しなくなりました。こうした事態はこの数十年経験がなかったことです。パラダイムシフトが起きているからこそ、本気の「モードチェンジ」が問われます。
西田武志
TAKESHI NISHIDA約30年にわたり流通・リテール関連企業を中心に、情報化構想やチェンジマネジメントなどのコンサルティングプロジェクトを手掛ける。富士通、富士通総研を経て、現職。取り扱いテーマはサプライチェーン改革、マーチャンダイジング・店舗運営改革、組織改革など。
それは従来の延長線上にあるアレンジや微調整といった小手先の対応、つまりトーンチェンジではなく、これまでの常識を疑う抜本的な発想の転換です。本気のモードチェンジなくして、ここ数十年経験してこなかった人手不足という難問に対峙することはできません。
人手不足という難問を解決するには、どうすればよいでしょうか。
西田:革新的テクノロジーを活用して業務を抜本的に変えるDXが重要です。これまでは、「IT化=コストダウン、プロセスの一部をデジタルに置き換え」が主流でした。しかし本気のモードチェンジでは、テクノロジー導入によってコストを削減するのではなく、業務プロセスを抜本的に変えてバリューアップを目指す取り組みが大切となります。
ゆえに改革をコストではなく、戦略的投資ととらえなければなりません。たとえば5人でやっていた作業を2人でできるようにするのではなく、プロセスや作業方法を抜本的に変えていく。人手不足解消のための省力化ではなく、より高次の価値創出を目指す。こうした発想の転換は、顧客体験や顧客満足、従業員体験を含めて、「バリューチェーンを変革する」ことにほかなりません。
野村:テクノロジーの進展は、人間の作業を支援するだけではなく、作業そのものを革新する可能性を秘めています。特にAIによる作業の自動化や予測、最適化は、これまで手作業に依存していた領域で大きな変革をもたらしています。ロボティクス技術とAIを連携させた自動化によって、人間の労力を削減しながらも精度と効率を同時に向上させることが可能になりました。
また、意思決定の精度やスピードの飛躍的向上にもAIは寄与します。仕事の仕方を抜本的に変えることができるのです。
西田:ただし、AI=「人の代わりができる機械」と短絡的に考えてはなりません。人の代替ではなく、「人には不可能なことまで機械に任せられる」「AIだからこそ設計できる業務プロセスがある」と考えるべきです。AIや機械は、24時間365日稼働しても疲れたとは言いませんし、人間の1000倍も1万倍も作業することができます。人間業では不可能なことができるAIや機械に対し、人の代替という単純な発想で向き合ってはならない。それでは、どんなに革新的なテクノロジーを活用しても「人の作業の劣化版」でしかなくなってしまうのです。