レッドオーシャンで
勝つ戦略を持て

 2人の講演に続き、PwCアドバイザリーパートナーの東輝彦氏がモデレーターとなってラップアップセッションが行われた。

大変革期の経営は歴史から学ぶPwCアドバイザリー パートナー
東 輝彦 氏

1993年早稲田大学大学院理工学研究科修了。総合商社自動車部門等を経て、2019年PwCアドバイザリー入社。自動車セクターを中心にM&A戦略・実行、グループ再編や子会社ガバナンス整備などを支援。書籍『レジリエンス時代の最適ポートフォリオ戦略』(ダイヤモンド社、2024年)共同執筆。

 まず、橘川氏による日本企業への問題提起である。

「経営者からよく聞くのは、『自社の強みを大事にしよう』という話です。しかし、強みを意識するほど、花形の事業にフォーカスする傾向があります。結果として、儲かる事業は続け、儲からない事業は切り離すことになる。判断の主軸をそこに置くべきか、あらためて考える必要があります」と問いかけ、こう続ける。

「最大のテーマは、シェアが低い成長市場にいかに向き合うかです。レッドオーシャンで勝てる戦略を持つ日本企業は少ない。日本企業の多くがレッドオーシャンから逃げているともいえます。ブルーオーシャンを取りにいくのは結構ですが、後で見たら(規模の小さい)ブルーレイクだったということもあります」

  次に、競争環境の変化について、東氏は宮地氏に問いかけた。

「経済安全保障がビジネスに大きな影響を及ぼすようになり、マネジメントの複雑性も増しています。100年に一度の大変革期ともいわれる現代を、どう捉えていますか」

「海外展開について言えば、かつては勝ちパターンがありました。新興市場にいち早く進出し、大きなシェアを獲得してマーケットを支配するのです。しかし、現代は有望な新興市場も限られ、このパターンが通用しにくくなりました。成長市場であれば、4番手、5番手でも生き残ることができますが、成熟市場では本当に強い者しか生き残れません」

 AGCはメーカーとして、製品そのものの強さを追求し、長期的な視点で製品に差別化要素を埋め込む努力を続けてきた。ただ、いまはそれだけで勝ち続けることは難しく、複雑な環境の中での経営の舵取りが求められると宮地氏は言う。

大変革期の経営は歴史から学ぶ

「欧米企業に比べて、日本企業の強みは長い時間軸で物事に取り組めることでしょう。ただ、新製品開発に長い時間がかかるのを、多くの投資家は待ってくれません。また、挑戦がすべて成功するわけでもない。成功したとしても、2番手、3番手のメーカーが追いかけてきます。業界全体が成長局面であれば、それでも収益確保は可能ですが、成熟してくると本当に強い事業でなければ生き残れない。その事業サイクルも格段に短くなっている。差別化製品を次々に上市する能力も求められる中で、収益最大化を追求するマネジメントはより難しくなっています」

 昨今、成長を目指す日本企業にとってM&Aの重要度は高まっている。橘川氏はこう説明する。

「1990年代以降、実は日本企業も収益は上昇しています。しかしスピードが遅い。欧米企業との大きな違いは、M&Aの迫力です。M&Aで重要なのは『人』。優秀なリーダーや社員が逃げてしまうリスクをも踏まえて取り組むことが重要です」

 経営者には買収だけでなく、撤退の判断も問われる。撤退の可能性を考慮すれば、事業を切り離せるようにしておく必要がある。

「事業の入れ替えを前提として、各事業をなるべくスタンドアローンの状態にする。それは理にかなっていますが、一方で事業間に横串を入れてシナジーを追求する必要もある。これらを両立するのは容易ではありません」と東氏は語る。

 M&Aに限らず、将来を予測することは難しい。100年に一度の大変革期、あらゆる企業がゼロベースでの思考実験と試行錯誤を求められているといえそうだ。

◉構成・まとめ|津田浩司 ◉撮影|佐藤元一