人とAIの二項動態に
求められるスキルと文化

 人とAIの協働や価値の共創は、どう進展していくのでしょうか。

野村:私たちはこれまで、インターネットで情報を検索し、書物を読み解き、他者と議論を重ねることで、知識を広げ、思考を深めてきました。これからは、そのプロセスにAIが加わります。AIとの対話を通じて新たな知識や洞察を得、そこに自身の経験や直感を融合させることで、「知」をダイナミックに拡張できるようになるのです。

 野中先生のSECIモデルに照らし合わせれば、暗黙知の「表出化」や形式知の「連結化」(理論化やモデル化)といったプロセスを、人とAIの協働によって飛躍的に加速させることが可能です。実践を通じた「内面化」(形式知から暗黙知への再変換)や、暗黙知を共有することで新たな暗黙知を創造する「共同化」のプロセスにおいては、引き続き人間が主導的な役割を担うとしても、人とAIのシナジーによって知識創造のスパイラルアップが加速されることは論を俟(ま)ちません。

 これも野中先生の言葉を借りれば、人かAIかという単純な「二項対立」ではなく、人とAIが相互に作用し合う「二項動態」を目指すべきです。その葛藤やせめぎ合いの中から新たな集合知を創造し、「あれか、これか」という安易な選択ではなく、「あれも、これも」という複雑で割り切れない問題に対する最適解を見出していく。それこそが、人間の創造性の真骨頂といえるでしょう。

高橋:人とAIの協働によって、革新的なサービスを生み出すことも、ロボットとの協働によって高効率な生産を実現することも可能になります。そのような時代に、いかに適応し、みずからの価値を発揮していくかを真剣に考えるならば、現在の子どもたちの教育が旧態依然のままでいいはずがありません。AIを主体的に使いこなし、AIとともに進化していけるような教育システムを構築しなければ、何の備えもないまま、未来ある若者たちを荒波の中に放り出すことになりかねません。

野村:私はある大学の経営学の講義を担当することになったのですが、副学部長と協議のうえ、私の授業では全面的にAIを活用して授業を行うことにしました。AIなしでやる能力を持つことも大切ですが、AIを使うことで知識の幅を広げ、さらに突っ込んだ議論ができることも重要です。そして学生たちがAIを使った問題解決方法、その可能性と限界を体得することは、今後の社会で活躍するために不可欠な能力です。

 AIは頼れる同僚であり、知識創造のパートナーなのですから、いかにその能力を最大限に引き出すかを、授業での実践を通じて学ぶ必要があります。学校教育もまた、技術革新と無縁ではいられません。10年前と同じ授業を漫然と続けることは、学生たちの未来に対する責任を放棄するに等しいと私は考えます。

 AIとの二項動態を目指すうえで、人間に求められる能力として、どのようなものが挙げられますか。

野村:形式知に基づいた判断や業務の実行においては、遠からずAIが人間を凌駕するようになるでしょう。その時に人間にとって不可欠となるのは、常に批判的な精神と確固たる思想を持ち、AIが提示する解に対して「本質をとらえているのか」「違う発想が必要ではないか」といった問いを立てる能力です。

 AIは学習データに基づいて最適解を生成するわけですから、AIの能力に大差がなければ、どの企業も同様の判断を下し、同質的な製品やサービスが市場にあふれることになります。同質化した製品や事業の価値は必然的に低下し、熾烈なコスト競争に陥る。そうなれば、それこそAIとロボットが主役となり、人間の活躍の場は狭まる一方です。

 予定調和や既存の均衡を打ち破り、異質な未来を構想できる独創的な発想力を持つ人材こそが、AIと新たな知を共創していくのだと思います。

高橋:その意味では、研究者のような旺盛な探究心を持つ人材が多い組織ほど、AIとの協働で創造性を発揮できるといえます。これは、単にR&D部門を拡充せよということではありません。営業、財務、顧客サービスといった、企業活動のあらゆる領域において、前例や既成概念に囚われることなく真理を探究し、イノベーションを追求し続けられる組織文化を醸成することが肝要です。

 一方で、創造性による差異化を追求するのではなく、AIやロボットを駆使して、一定品質の製品・サービスを徹底的なローコストで提供する「ハイパーエフィシェント」な企業として市場での生存を図るという戦略も考えられます。「ハイパークリエイティブ」を追求するのか、ハイパーエフィシェントを目指すのか。デジタルエンタープライズの時代は、この二極化がいっそう進む可能性が高いと見ています。