「共体験」の価値創出に
AIを巻き込む
AIが最適解を提示できるようになるからこそ、人間にとっては「問いを立てる力」が重要になる、との指摘があります。
野村:AIの進化の速度を鑑みると、単純にそうとも言い切れない面があります。たとえば、私が過去に執筆した文章をすべて学習させれば、あたかも私が書いたかのような、あるいはそれ以上に私らしい文章をAIが生成するようになるでしょう。人間はバイオリズムや疲労によって記憶の精度が揺らいだり、判断力が低下したりすることがありますが、AIにはそれがありません。再現性という点では、人間よりもAIのほうがはるかに優れている。つまり、私以上に私らしいAIが登場しても何ら不思議ではないのです。そう考えると、大切なのは「善い」問いを立てること、野中先生のおっしゃる「共通善」を常に問い続けることだと思います。だからこそ、人間には絶え間ない自己否定と自己革新が求められます。昨日と同じ自分に安住している限り、AIに伍していくことはできない。AIを使い込むほど、そういう危機感を強く覚えます。

高橋:とはいえ、人間を相手にビジネスを展開する限り、人間的な要素、すなわち共感や信頼、情緒といったものの重要性が揺らぐことはありません。たとえば、コンサルタントや営業といった職務においても、「この人が提案するからこそ納得できる」といった付加価値は厳然として存在し続けますし、そのような論理を超えた意味付けこそが、人間の創造力の源泉でもあると思うのです。
同じ組織の中であっても、「あの人と一緒に仕事がしたい」「このリーダーにならついていける」という求心力のある人物がいれば、チームの集合知や創造性は最大限に引き出されます。ですから、人と人が経験や「場」を共有する「共体験」の価値が失われることはけっしてありません。これからは、そこにAIを積極的に巻き込み、「共進化」していく視座が極めて重要になります。
野村:暗黙知の概念を提唱した科学者であり哲学者でもあったマイケル・ポランニーは、「私たちは言葉で表現できる以上のことを知っている」と述べました。AIによって、私たちの暗黙知や未開発の潜在能力が解き放たれるのだと考えると、わくわくします。だからこそ、野中先生は「面白いじゃないか。やろうよ」と、鼓舞してくださったのだと思います。
◉企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部
◉構成・まとめ|田原 寛 ◉撮影|松川智一