M&Aで世界市場を攻略
ダイキン急成長の軌跡
空調機市場で世界をリードするダイキン工業は2024年、創業100周年を迎えた。世界120カ所に生産拠点を置き、170カ国以上で事業を展開、従業員は10万人に上る。事業構成の9割超を空調事業が占め、全社売上高は4兆円を突破した。

植田博昭 氏
Hiroaki Ueda1997年に大阪大学大学院(修士)工学研究科修了、ダイキン工業に入社。住宅空調生産本 部 設計部、空調生産本部 小型RA商品グループを経て、2012年より経営企画室に。同室で 技術企画担当部長を務めたのち、2020年6月に執行役員 経営企画室長、2021年6月に執行役員 DX戦略推進担当 経営企画室長(現職)。
同社DX戦略担当執行役員の植田博昭氏は「私が入社した1990年代半ばは4000億円程度、それから30年弱で12倍超にまで拡大しました」と成長の軌跡を振り返る。
その30年前、日本経済はバブル崩壊後の低迷期にあった。ダイキン工業は1993年に赤字に転落。そうした危機の最中にあった1994年、現名誉会長の井上礼之氏が4代目社長に就任し、事業改革に乗り出す。その骨子は以下の4つにまとめられた。
1. 3本柱(ルームエアコン、業務用エアコン、大型空調)の戦略的追求。
2. 世界5極(日本、アジア、欧州、米国、中国)に向けた商品別グローバル戦略への転換。
3. 商品の差別化・独自性向上。
4. 販売・営業体制の強化。
「目指したのは、本格的なグローバルビジネスへの転換です。それまでは国内事業と海外事業という2極思考でしたが、市場として見れば海外のほうがはるかに大きい。そこで海外をアジア、欧州、米国の3極に分割し、それぞれのエリアで本格的に事業を展開する方向に大きく舵を切ったのです」(植田氏)
グローバルにビジネスを展開するに当たっては、「市場への最寄り化」を基本戦略とした。国や地域によって気候や住宅様式、顧客の嗜好、省エネ規制などが異なるため、求められる空調方式も変わってくる。そこで、市場ごとの特性に合わせて商品開発を行い、サービスや販売体制の構築に注力。その結果、現在では欧州、中国、アジア・オセアニア、北米、中南米エリア内の9カ所に地域統括会社を、世界27カ国90カ所以上に生産拠点を置くまでに発展した(図表2)。

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「地域最寄り化戦略には、不測の事態が起きても安定的に製造・販売できる利点もあります。コロナ禍や地域紛争、関税問題といったここ数年のさまざまなリスクを見ていると、拠点の分散化は時代を先取りした英断だったと思います」
井上体制の下、ダイキン工業はM&Aをてこに急成長を遂げていく。植田氏が「とりわけ重要だった2つの大型案件」として挙げたのが、マレーシアのOYLグループ(2007年)と米系グッドマンの買収(2012年)だ。前者で大型空調機器の品揃え・商品力の強化を図り、後者によって北米市場の販売網を獲得。どちらも世界最大の北米市場攻略に不可欠であり、「両者を買収することで、空調発祥の地である北米において、空調ナンバーワンの地位を築くという狙いがあった」と話す。
ダイキンのM&Aの基本的な考え方として、植田氏は「M&Aや提携、連携を日常茶飯事としてとらえる」「相手の弱みを補完し、シナジー効果を創出する」「お互いの納得感や信頼性を醸成する」「遠心力と求心力」「ブリッジパーソン」という5つを挙げる。これらは先述した2つの大型案件でも徹底されたという。
「グッドマンを買収した際には、相手企業の役員全員に残ってもらい、グループ全体の戦略や情報を共有して求心力を効かせつつ、言わば“一国一城の主”として経営を任せました。OYLの買収後には、本社一線級の人材290人を選抜し、『シナジー創出ワーキンググループ』として現地に送り込んでいます。その結果、派遣メンバーのグローバル感覚と突破力が培われた一方、国内に残されたメンバーの責任感と使命感が醸成されるという、人材育成の相乗効果を生むことにもなりました」
また、買収企業の帰属意識を高める目的で、各種イベントにも力を入れている。2017年5月には、グッドマンの新拠点オープニングセレモニーに地元の政財界や取引先など400人以上の関係者を招待。これとは別に、工場の敷地内に地域住民や社員の家族ら約4500人を招き、お祭りを開いたという。「地元を巻き込んで一体感を醸成していく。これもM&Aを成功させる重要な取り組みです」と植田氏は語る。
こうした「人を大事にする姿勢」は、ダイキン工業に脈々と息づく文化である。創業100周年を迎えた昨年(2024年)、経営理念を見直した際にこれを「人を基軸に置く経営」と明文化。その周知のため、400人を超えるグループ幹部を世界中から鳥取県の自社施設に招集し、井上名誉会長みずからがその真意を伝えた。
「一人ひとりの成長の総和が企業発展の基盤になること、また人の無限の可能性を信じるということを、井上はずっと言い続けてきました。そうしたトップの姿勢が、当社の文化そのものだと思います」
M&Aによる「強み=空調」の再編集で急成長を遂げたダイキン工業。その組織力を支えているのは、紛れもない「人」なのだ。