三菱商事の統合報告書から「DX」がほぼ消滅!
伊藤忠は「デジタル化」の意義発信続ける
下図は三菱商事と伊藤忠の過去10年分の統合報告書における「デジタル」「DX」「IT」「AI」の出現頻度を示したものだ。三菱商事は22年をピークに激減しているのに対し、伊藤忠は右肩上がりで増加していることが見て取れる。
さらに詳しく見ていこう。三菱商事のデジタル関連ワード(4単語の合計)は、「産業DXプラットフォーム」の構想を掲げた20年から急増。インダストリー・ワンを設立した翌年の22年には20年の約3倍に達したが、その後は激減している。中でも「DX」は22年に170回以上登場していたが、25年はたった5回にとどまる。「デジタル」もピークの21年から半減している。
伊藤忠は「デジタル」の登場回数が21年を境に急増し、現在も高止まりしている。「DX」は三菱商事と同様に22年をピークに減少に転じたものの、25年も三菱商事の約4倍に当たる19回登場している。
伊藤忠の岡藤正広会長CEO(最高経営責任者)や石井敬太社長COOは複数の統合レポートにおいて、以下のように「デジタル化」の重要性を語っている。
「(商いの)次世代化を進めていく過程では、EC企業やIT企業等の異業種との協業も必要となります。『いいとこどり』されないよう脇を締め、当社の企業価値向上に十分なメリットがあるかどうかを慎重に見極めながら、幅広いパートナーとの協業の可能性を検討していく考えです」(岡藤会長、18年)
「消費者接点のビジネスにおける『データ』の重要性が高まっている現在、商流は明らかに過去とは逆向きになっており、まさに『利は川下にあり』と言える状況です」(岡藤会長、21年)
「デジタル活用は、今まで別の領域にあると考えられていたビジネスを繋げることが可能です。当社においても、『マーケットイン』の感性を磨き、アンテナを常に高く持ちながら、柔軟な発想とスピード感を持ってデジタル・AIの活用を進めていきます」(石井社長、25年)
このように一貫したトップ層の大号令の下、伊藤忠は着実にデジタル戦略を進めてきたのだ。
三菱商事が手放したDXコンサルに出資
伊藤忠のしたたかな戦略とは
ここで、両社のデジタル戦略の推移を振り返ろう(下表参照)。
三菱商事の迷走の起点は18年。米投資会社との合弁で08年に設立したDXコンサル会社のシグマクシスの全保有株式を売却したところに始まる。その3年後に伊藤忠がシグマクシスに出資し、DX戦略の要とする皮肉な展開となった。
伊藤忠はデータ分析大手ブレインパッドとの協業を開始。翌19年にはソフトウエア開発のウイングアーク1stを持ち分法適用会社化し、「デジタル群戦略」の土台を築き始めた。
21年には三菱商事が手放したシグマクシスと資本業務提携を結び、DXコンサル機能を獲得。22年には英AKQAと合弁で顧客体験(CX)デザインを展開するAKQA UKAを設立した。23年には中核IT企業のCTCを完全子会社化して利益を“丸抱え”する体制を整えるとともに、24年にはBCGと合同でI&Bコンサルティングを立ち上げ、最上流のコンサル機能まで手にしたのだ。
これらにより、DXコンサルからシステム開発、CXなどに至るまでのバリューチェーン上のピースをそろえ、着実に稼ぐ「デジタル事業群」を完成させたのである。
その最大の特徴は、「一気通貫」をクライアントに強制せず、顧客が必要な機能だけを選べる「アンバンドル(切り売り)」方式を採用している点だ。特定のベンダーやパッケージを押し付けることなく、顧客の要望に合わせて各領域のプロ集団を柔軟に提案できる点が評価されているという。
伊藤忠は「デジタルバリューチェーン」単体での収益を公表していないが、中核企業の数字から圧倒的な稼ぐ力が読み取れる。CTCからの取り込み利益は、18年度の142億円から24年度には505億円に拡大。デジタルバリューチェーン全体の将来収益目標を従来の600億円から800億円へと引き上げている。
伊藤忠のデジタル戦略をけん引する情報・通信部門長の堀内真人執行役員は「CTCをコアにタグボートをつなぎ合わせる戦略は年数をかけて着々と積み上げてきたもので、簡単にはまねできない」と自信をのぞかせる。
対する三菱商事は19年、デジタル技術開発などの内製化を目的にMCデジタルを設立。21年にはNTTと共同でDXコンサル会社インダストリー・ワンを華々しく立ち上げた。
しかし、同社は21~23年度まで782万~8863万円の赤字決算が続いた。結局、三菱商事が23年にNTTの保有するインダストリー・ワンの全株式を買い取り、25年にはMCデジタルなどと統合して新会社のMCD3へ再編される道をたどっている。
つまり、「産業のDXプラットフォーム化」という大風呂敷を広げて「戦艦ヤマト」を発進させたものの、DXコンサルでは目立った成果が出せないまま、静かに“座礁”しているのが現状だ。
足元のMCD3は26年3月から東北電力と連携し、生成AIを活用した議事録作成などの会議運営支援サービスを始めたが、「プラットフォーム化」までの道のりは遠い。
次の主戦場は「AIバリューチェーン」に移る
上流を押さえる三菱商事か、下流で稼ぐ伊藤忠か
DX領域でライバルに大きく水をあけられた三菱商事だが、勝負はこれで終わったわけではない。本格化するAIの波が、これまでのルールを根本から覆す「ゲームチェンジ」を起こす可能性があるからだ。
両社の統合報告書におけるワード数を分析すると、「DX」に代わって「AI」の出現数が両社共に急増。次の主戦場は、すでにAIへと移行しているのだ。
このAI領域において、三菱商事は巻き返しに向けた新たな戦略を打ち出している。それが「AIバリューチェーン」構想だ。25年には全社横断の「AIソリューションタスクフォース」を新設。AIソリューション事業も手掛けつつ、短中期的にはデータセンターや電力といった「AIインフラ・計算資源」の分野に力点を置く方針を示しており、上流の権益確保に取り組む。
前出の伊藤忠・堀内氏も、AIの劇的な進化に対する危機感を隠さない。「デジタルの世界は本当に変化が早い。これまでDXで周回遅れだった企業でも、AIの波に乗れば一気に巻き返せる可能性がある。逆に気を抜けば、われわれもすぐに技術で乗り越えられ、逆転されてしまう恐れがある」と気を引き締める。
三菱商事は「AIバリューチェーンの発展は、AIソリューション事業のみならず、当社が強みを有するAIインフラ事業や、それらを支えるエネルギー資源事業、電化に資する金属資源事業(銅など)のさらなる成長機会にもつながると考えており、産業・事業の垣根を越えて生み出される波及効果を取り込んでいく」と野心をのぞかせる。
AIの世界でも、下流のソリューション分野で泥くさく実利を積み上げる伊藤忠の「タグボート群」が勝つか、それとも上流のインフラ権益を押さえにかかる三菱商事が巻き返すか。AI時代の勝者を決める戦いの幕はすでに切って落とされている。
Key Visual by Noriyo Shinoda, Kanako Onda, Graphic:Daddy’s Home





