外部環境の激しい変化により、日本企業は事業構造の変革を迫られている。先を見通せない時代において、持続的な成長基盤をいかに構築すべきか。展望を開くヒントを探るべく、2026年2月9日にダイヤモンドクォータリー エグゼクティブ・ラウンドテーブル「未来のコア事業はどうすれば見つけられるのか」(PwC Japanグループ共催)が開催された。
本ラウンドテーブルは、全4回開催されるシリーズの第3回。基調講演では、富士フイルムホールディングス取締役・執行役員 CFOの樋口昌之氏、住友電気工業上席常務執行役員の樋爪謙一郎氏の2人が、それぞれにおける事業ポートフォリオ変革の経緯とM&Aの事例を詳説した。本稿では、両氏の講演とともに、講演後に聴講者を交えて行われた全体ディスカッションの内容をリポートする。
富士フイルム──技術起点のM&A戦略で
本業喪失の危機を好機に
「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」──創立90周年に当たる2024年、新たにグループパーパスを策定した富士フイルム。1934年に映画用フィルムの国産化のために創業し、いまは「ヘルスケア」「エレクトロニクス(半導体材料など)」「ビジネスイノベーション」「イメージング」の4領域を柱とする巨大グローバル企業へと変貌を遂げている。2024年の売上高は世界で約3兆1958億円、営業利益は3302億円に上り、ともに過去最高を更新した。
こうした成長を牽引したのが、徹底した事業構造の転換である。
契機は、2000年をピークに、その後毎年2〜3割のペースで続いた写真フィルム市場の急速な縮小である。売上げの約6割、営業利益の約3分の2を占める写真関連事業が大打撃を受け、2000年代半ばには一時的に赤字に転落するほどの、「本業の喪失」という危機に直面した。
これから何で稼いでいくのか。下した一つの象徴的な決断は、写真フィルム生産の要である「抗酸化技術」「コラーゲン技術」「ナノ技術」を転用した化粧品事業への参入だった。「技術ドリブンとはいえ、化粧品の自社ブランドを持つというのは、かなり大胆な挑戦でした」と同社取締役・執行役員CFOの樋口昌之氏は振り返る。
富士フイルムホールディングス 取締役・執行役員 CFO樋口昌之氏
Masayuki Higuchi1987年富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)に入社後、FP&A部門や全社基幹システム刷新プロジェクトチームなどに所属。2002年から2012年にはドイツとアメリカの現地法人に勤務。2015年にはアメリカで買収した超音波画像診断装置メーカーの社長に就任。2018年に本社に戻り、執行役員経営企画部副部長、2019年には経営企画部長に就任。2021年より現職。
ちょうど同じ時期、ブラウン管テレビから液晶テレビへの移行期が重なり、ディスプレー材料である偏光板保護膜(TACフィルム)の設備投資を積極的に行い、当該事業が急拡大。足場を固めたところで、M&Aによる本格的な事業ポートフォリオ変革に着手していく。高成長が期待できる「ヘルスケア」「エレクトロニクス」を成長の柱とする戦略だ。
「いずれのドメインも『飛び地』ではありません」と樋口氏は強調する。ヘルスケアに関しては、創業間もない1936年のX線フィルムの販売開始以降培ったメディカルシステムビジネスでの知見、医薬品に関してはケミカル技術などの「地の利」があったという。1983年に参入した半導体材料にしても、「半導体における『露光・現像・エッチング』という製造工程は、写真フィルムの『焼き付け・現像工程』と類似性が高く、技術的に隣接しています」と説明した。