「私も、自分が苦労して残した金が税金に消えるのは忍びない。体力も落ち、先も長くない。自分のために使う欲はないから、息子や孫たちに1円でも多く渡したい。先生、何か良い方法はないですか」

 一郎さんの静かな、しかし重い言葉に、健一さんは胸が熱くなりました。

 実は、健一さんは一郎さんには伏せていましたが、会社の業績不振で給与が下がり、自分の貯金を取り崩して子どもの学費を工面している状況で相続税に不安があったのです。

税理士が提案した
「同居」という生前対策

 健一さんの不安を聞いた担当税理士は、まず家族の生活状況を確認しました。

 「健一さん、現在のご自宅は持ち家ですか? また、一郎さんのご自宅から仕事に通える距離でしょうか」

 健一さんは10年前に都内にマンションを購入し、妻と子と暮らしています。「父の家までは電車で30分ほどです」と答えました。この回答を聞き、税理士は一つの大きな提案をしました。

 「健一さんに持ち家がある以上、別居のままでは実家に『小規模宅地等の特例』を適用できません。ただ、健一さんが今の家を離れ、お父様と『同居』することで、お父様の自宅土地の評価額を80%減額し、相続税をゼロにすることができるかもしれません」

 この特例は、亡くなった人の自宅を一定の要件を満たす親族が相続した場合、330平方メートルまで評価額を80%減額できる制度です。さらに税理士は、実務上の厳しい現実も付け加えました。

 「ただし、住民票を移すだけの『形ばかりの同居』は税務署に否認されます。今の家をどうするかを含め、生活の拠点を完全に実家へ移さなければなりません」

 「妻とも真剣に話し合ってみます」――健一さんは、重い課題を背負って帰宅しました。

同居開始と特例適用後の
シミュレーションで相続税ゼロ

 健一さんはすぐに妻に相談。現状の資金繰りへの不安と、父の病気のことも話し、何度も協議を重ね、引っ越しを決断しました。空き家となる都内のマンションは、維持費もかかるため売却することに。住民票はもちろん、日常の生活も完全に実家へ「生活の拠点」を移しました。

 特例を適用した場合の試算を見てみましょう。自宅土地の評価額4000万円に対して80%の減額を適用すると、評価額は4000万円×(1-80%)=800万円へ圧縮されます。削減額は3200万円です。

 この減額後の数字で改めて遺産総額を計算すると、7400万円から3200万円を差し引いた4200万円。ここから基礎控除4200万円を引くと、課税遺産総額は0円となります。つまり、相続税は0円です。約380万円の節税が実現しました。

 さらに、健一さんも予想していなかった結果が生まれます。

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予想もしていなかった「嬉しい誤算」

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