ミカエル堂ミカエル堂3代目の都成五男氏と事業承継し、4代目となった大津伸詠氏 写真提供:ミカエル堂

廃業の危機に瀕した老舗パン屋「ミカエル堂」は、インターネット上で後継者を募集した。選ばれたのは、東京でデジタルマーケティングの会社を営んでいた大津伸詠(のぶえ)氏。なぜ彼女が後継者になったのか。そして、その後、どのように再生を目指したのか。「ミカエル堂復活」までの道のりとは。(ビジネスジャーナリスト 相馬留美)

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候補には大手パンメーカーも
後継者を選んだ一番の決め手は?

 宮崎名物「ジャリパン」を生み出したミカエル堂の後継者探しに対する応募総数は、約50件に上った。

 廃業のニュースが広まっていたこともあり、反響は大きかった。候補の中には、大手製パンメーカーや地元の大手スーパーなども名を連ねていたという。ミカエル堂のブランドの価値を、自社のラインナップに加えたいと考えた企業が多かったのだ。

 そうした“強豪”を相手に、2023年8月にミカエル堂との独占交渉が認められたのは、東京でデジタルマーケティングの会社を営んでいた大津伸詠(のぶえ)氏だった。

 なぜ彼女だったのか。当時を振り返り、ミカエル堂3代目の都成五男氏は「(候補者の中で)いちばん一生懸命だったから」と話す。

 二人は「relay」を介して面談を重ねたが、その間も大津氏の行動力は群を抜いていた。自ら地元をリサーチし、決算書や卸売り先のリストを熟読。特定の卸先に対して何個納品していたのかを都成氏に細かく尋ねたり、「今後はこんな展開をしてもよいですか」と投げかけたりした。そんな行動から見える熱意は、ひときわ目立ったようだ。

 独占交渉権を得てからも、大津氏は後継者準備に全力を挙げた。本業の傍ら、製パンメーカーに足を運んで教えを請うて回るなど、着々とノウハウと人脈を築いていった。そうして、準備は整い、2024年4月に正式に資産譲渡が完了した。

 しかし、新生ミカエル堂の立ち上げはそう簡単ではなかった。